「野球とともにスポーツの内と外」(49)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「選球眼」について
 「わかっちゃいるのに…やられてしまった」と地団太を踏みたくなる出来事は、スポーツ各ジャンルでしばしば起きることです。
例えばプロボクシング元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏(帝拳=引退)の「左」。彼のそれは「神」と呼ばれ、2011年11月、王座を奪取してから12連続防衛(8KO、4判定)をこの“God Left”で勝ち取ってきました。
 敗れた面々にしてみれば、あれほど警戒し研究し尽くした左を…わかっちゃいるのになぜもらってしまったのか、との悔いがあり、逆に山中氏に対しては、そういう相手になぜ何度も左を決められるのか、その理由を追い求めたくなります。
山中氏はこう言いました。「ボクが左を入れられる態勢を相手がつくってくれるんですよ」と。エッ、ン???。
▽なぜ何度も左が決まるのか
 サウスポーの山中氏は、右手が前に出る構えです。「神の左」を決めるためのカギを握るのが右手の活用です。左を警戒している相手にしてみれば、多彩な右がどうにも余計で邪魔、気を散らされてしまいます。そこにできるスキ。踏み込み鋭く伸びる左は、わかっていてもかわせないという出来事が起きるわけです。キラリと光る山中氏の頭脳戦-。
 ではコンタクト・スポーツではない野球にこういうことは起きるでしょうか。起きます。起きるんですね。投手と打者の駆け引きの中に…です。
このところ好調を維持しているMLBレッドソックス・吉田正尚外野手は、空振りしない、三振が少ない、出塁率が高い…などと評価されています。なるほど。5月26日現在のスタッツを見ると三振(17)が少なく出塁率(.373)が高い。それをもたらすのは、卓越した「選球眼」によるものと言えるでしょうか。
山中氏の言葉を借りれば、吉田は選球眼の良さにより「投手に好球を投げさせている」のかもしれません。
 【選球眼】=「野球で打者が投球をボールかストライクかを見分け選ぶこと」(広辞苑)
▽好球を呼び込む駆け引き
 以前の話です。オリックス時代の吉田が、あるテレビの番組で「選球眼」について話していました。
「基本的には全部、打ちに行く構えでいます。そうした中で“これは打てない“という球は見逃します。際どいなと思った球にはちょっと手を出して…」
山中戦法で言うなら“右の活用゛ですね。そうこうしているうちに投手にしてみれば投げる球がなくなってネを上げてしまう。結果、吉田の思うツボのところに投げ込んでしまう、あるいは四球で歩かせてしまう、という図式です。
山中氏が「左を入れられる態勢を相手につくらせる」のと同様、吉田も「好球が投げ込まれるように仕向けている」ことが感じられます。
 MLBに限らず日本球界にも“怪物”が出現しています。打率4割越えを見据えて目下、本塁打9本の2冠。さらには三振9、出塁率.486(数字は5月26日現在)。この選球眼の鬼はDeNAの宮崎敏郎内野手(34)です。
 際どくボールになる、投手にしてみれば“振らせたい球”に手を出してくれない。ファウルで粘られ、いたずらに球数が増えてしまう。こうした投手泣かせの打者の存在は、WBCで「侍ジャパン」の2番打者として光ったソトバンク・近藤健介外野手のように貴重な存在となり得ますね。(了)