「大リーグ ヨコから目線」(荻野通久=日刊ゲンダイ)

◎「サービス」ではないサイン

▽栃ノ心見て思い出す

大相撲春場所は横綱鶴竜の復活優勝で幕を閉じた。2場所連続優勝を狙った栃ノ心は10勝5敗。来場所、大関取りに挑む。一月場所のこと、取り組みを終えると、栃ノ心は近くの春日野部屋へ国技館から歩いて帰った。その関取をファンが囲み、サインをねだる。栃ノ心は歩きながら一人一人にサインする。場所の終盤、そんな姿がNHKの相撲中継の中でしばしば放映された。それでランディ・ジョンソンを思い出した。
 2000年代前半だったと記憶している。筆者はサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地でジャイアンツ対ダイヤモンドバックス戦を取材した。当時、ジョンソンはアリゾナ・ダイヤモンドバックスのエースであり、150㌔を超える速球と高速スライダーを武器に数々のタイトルを獲得。メジャーを代表する左腕投手だった。その年のシーズンオフには日米野球が開催されることになっていた。ジョンソンに参加の意思を聞きたかったので、ベンチで練習を終えるジョンソンを待っていた。

▽フェンス際で次々と

しばらくすると外野で体を動かし、試合前の練習をしていたジョンソンがベンチに向かって歩いてきた。真っ直ぐ来るかと思われたが、途中で進路を変えると内野フェンスに沿って歩きだした。フェンスからは大勢のファンが身を乗り出し、ボールやノート、サインペンを持って待っていた。ジョンソンにサインをしてもらうためだ。ジョンソンは歩を緩めると、ファンの差し出すボールやノートなどにサインしながらベンチにゆっくりと戻ってきた。
 季節は7月。練習でびっしょりと汗をかき、ジョンソンは早く着替えを済ませ、ひと息入れたかったはずだ。それが自らファンに近寄り、サインをする。

▽自然の行動

日本プロ野球では選手がファンにサインするのはしばしば「ファン・サービス」と言われることがある。その「ファン・サービス」という言葉にはどこか恩着せがましいニュアンスが感じられる。ジョンソンの行動はごく自然に思われ、「サービス」という感じは少しも受けなかった。
 メジャーリーガーにとってファンは「サービス」の対象ではなく、もっと身近な、応援し支えてくれる仲間という気持ちなのだろう。
 ベンチにやって来たジョンソンに件の質問をしてみた。
「まだ分からないよ。代理人とも相談してみないと」
 初対面の日本人記者にこう答えると、ジョンソンは顔の汗を拭きながらロッカーへ入って行った。(了)