日本一の名将は誰か?(4)外国人監督と現役監督の評価

◎第4回 外国人監督と現役監督の評価

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出席者 司会・荻野通久(日刊ゲンダイ)、高田実彦(東京中日スポーツ)、真々田邦博(NHK)、小林達彦(ニッポン放送)、財徳健治(東京)、露久保孝一(産経)、山田収(報知)、島田健(日本経済)、菊池順一(デイリースポーツ) 

 監督をテーマにした座談会も今回が最終回。日本球界に衝撃を与え、あるいは新風を吹き込んだ外国人監督や現役監督の評価に話を展開してみる。

▽日本野球の常識を覆した助っ人監督がいた

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司会 「今回は外国人監督を取り上げたいと思います」
山田 「外国人監督でまず頭に浮かぶのはドン・ブレイザー監督(阪神、南海で計4年、リーグ優勝、日本一なし)でしょう。野村(克也)監督のID野球の原点がブレイザー野球で、プロ野球にそれまでなかった“シンキングベースボール”を持ち込んだ」
島田 「監督としての成績は4年間、指揮を執って一度もAクラスはない。だが、当時の大リーグの野球理論、野球知識を日本に伝え、いろいろなデータを収集、分析して、傾向を割り出し、状況に応じて臨機応変に作戦を立てて戦った。それまでの根性や精神論が幅を利かせたプロ野球とは別のベースボールを日本に持ち込んだ」
財徳 「広島でもコーチを務めている。古葉(竹識)監督の野球も原点はブレイザー野球だ」
小林 「阪急にいたダリル・スペンサー(注1)がよく試合前に相手チームの練習を観察していた。相手投手のクセなどを盗むためで、そういう野球を日本に広めたのもスペンサーとブレイザーだと思う」
司会 「ロッテのボビー・バレンタイン監督(ロッテで計7年、リーグ優勝1回、日本一1回)も印象に残りますね。1000本ノックは意味があるのか、などとそれまでの日本の練習の当り前と思われた練習のやり方に問題提起もした」
真々田「選手にしっかり休養を取らせ、選手を褒めて、批判することをしなかった」
財徳 「日本で監督をするにあたり、日本人の考え方やメンタリティ、気質などいろいろ調べてきたのだと思う。選手を批判しない、悪口を言わないというのも、日本人の心情を理解したうえでのやり方ではないか。そういう意味ではよく頭を働かせていた」
菊地 「でも2という数字が好きで、監督になったときサブローが付けていた2番の背番号を自分がつけた(笑い)。それでサブローは3番に」

▽日本人のメジャー監督の可能性

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山田 「その点、アレックス・ラミレス(DeNAで3年、リーグ優勝なし、日本一なし)はどうなのかな」
司会 「ラミレス監督も選手の悪口は口にしない。選手がミスしても、それも野球の一部という考え方。9番に投手ではなく野手を起用するなど、柔軟さもありますね」
真々田「ラミレスは選手のとき、相手投手より捕手の分析をしたと話している。投手は試合ごとに代わるが、捕手は正捕手1人が守ることが多い。だから捕手の配球の傾向やクセを分析した方が効果的だと」
司会 「トレイ・ヒルマン監督(日ハムで計5年、リーグ優勝2回、日本一1回)は日ハムを2度優勝させているのに、なんとなく印象が薄いですね」
菊地 「成績はパッとしないけど、マーティ・ブラウン監督(広島、楽天で計5年、1度もAクラスなし)の方が目立つ。球審の判定に不服ですぐベースをブン投げたりした」
山田 「それを広島がすぐTシャツのデザインにして販売した。采配よりパフォーマンスの印象が強い」
露久保「外国人監督がこれだけ日本に来ているのだから、大リーグで監督やコーチをやる日本人が出てきてほしいですね」
高田 「アメリカでは球団は都市のものだし、フロントと現場の職域がはっきり分かれ、プロ野球とかなり異なるのもネックになっているのではないか」
山田 「メジャーリーグではコーチはプロ野球のように、選手をあまり教えない」
島田 「メジャーリーグで監督、コーチになれる日本人はイチローだけでしょう。ただ、それでもマイナーリーグから実績を積み上げていかないと。大リーグには日本のプロ野球を選手として経験して、監督になった人はいるのですが…。チャーリー・マニエル(注2)などは日本の野球のやり方も取り入れている」
財徳 「アメリカと日本の野球の差はまだまだ大きい、とアメリカの野球関係者が考えている間は、日本人監督の実現は無理でしょう。大リーグでも采配を揮える能力のある監督はいるかも知れませんが…」

▽工藤、緒方両監督はすでに名将か

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司会 「最後に現役監督ですか、名将、あるいはこれから名将になる人はいますか?」
露久保「ソフトバンクの工藤公康監督(ソフトバンクで計4年、リーグ優勝3回、日本一3回)と広島の緒方孝市監督(広島で計4年、リーグ優勝3回、日本一なし)は大監督への道を歩んでいると思います。とくに工藤監督は投手の継投や育て方がうまい」
山田 「ただ、両チームとも選手のスカウト、育成に優れている。ソフトバンクはカネも使っている。球団の力も大きい」
菊地 「前田健(現ドジャース)や黒田博樹(元ドジャース、ヤンキース)がメジャーに移籍したシーズンも広島は優勝している。主力が抜けてもすぐ穴を埋める若手が台頭する」
露久保「以前、キャンプ中の練習休みの日に広島のキャンプ地に行ったら、高橋慶彦(注3)が黙々と練習していた。そういう伝統が脈々と受け継がれている」
財徳 「広島の三篠に練習場があったとき、朝から選手が列をなして打撃練習をしていた。打撃マシーンが少ないので、順番待ちで打っていた。それから球場に行き、試合をした。昭和50年(1975年)に監督になった古葉監督時代からやっていて、猛練習が伝統になっている」
小林 「その前の根本監督が選手に厳しい練習を科し、それが長く伝統として受け継がれている」
司会 「工藤監督はともなく、緒方監督は3年続けて日本シリーズで負けていますが・・」
真々田「名将と言われる人でも、日本シリーズでなかなか勝てない指導者もいましたから」
司会 「栗山英樹監督(日ハムで計7年、リーグ優勝2回、日本一1回)はどうですか?」
露久保「栗山野球の基本はヤクルト時代の野村野球だと思います」
山田 「国立の学芸大学出身で、大学時代もプロ野球でもそれほどたいした実績はない。本来ならプロ野球の監督になれるような人ではない。だから選手第一の考えをして、権威や力で選手を抑え込むことはしない。それがいい結果を生んでいる」
小林 「二刀流の大谷翔平(現エンゼルス)がまさにそれですよ。栗山監督の日ハムだからこそ、二刀流をやることができた。選手の信頼も厚いはずです」
司会 「栗山監督は大谷をドラフトで獲得したとき、本人の希望を尊重して、4年間は黙って二刀流をやらせる、それから投手か野手のどちらかに決めると話していたそうです。大学に4年間行ったと思えばいい、と。それが4年を待たず二刀流が形になった。昨年からメジャーで行われているオープナー(注4)を日本でいち早く取り入れたのも栗山監督。栗山監督の柔軟な考え、辛抱強さが今日の大谷につながったと言えますね」
露久保「西武の辻監督にも注目しています。2017年に就任して2位、リーグ優勝。佐賀県出身で強かった西鉄の話を大人から聞いて、強い野球にあこがれた。西武の前身は西鉄。その伝統復活のイメージを辻監督から受ける。1987年の巨人との日本シリーズ第6戦での単打で一塁から一気にホームイン(注5)。全国的に名前が知れ渡った。本来はああいう頭脳的なプレー、技で勝つ野球を目指している。今は選手にホームラン打者が多いが、そのうち緻密な野球が見られると思う」
司会 「ありがとうございました」
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(注1)阪急の内野手。1964年から68年までプレーし、71~72年は選手兼コーチで在籍。通算成績は打率・275、105本塁打、391打点。ベストナイン2回、日本シリーズMVP1回。
(注2)チャーリー・マニエル(1976年~1980年 ヤクルト、近鉄でプレー。2000~02年 インディアンス、2005年~13年 フィリーズで監督。ワールドシリーズ優勝1回
(注3)広島の内野手。1975年から89年まで広島。俊足、功打のスイッチヒッターで1979年には33試合連続安打の日本記録。盗塁王3回、ベストナイン5回。ロッテ、阪神でもプレー。
(注4)本来はリリーフ投手を先発に起用して1、2イニングを投げさせる投
手起用法。初回や序盤の失点を防ぐために、立ち上がりのいい球宴投手を投げ
させ、その後、もともとの先発投手に継投する。
(注5)1987年日本シリーズ第6戦の八回二死から辻がヒットで出塁。続く秋山の中前打でクロマティの緩慢な守備をついて、一塁から一気にホームインした。