「野球とともにスポーツの内と外」-(佐藤彰雄=スポーツニッポン) 

◎スーパースターは練習通りを試合で実行

▽王の世界新記録の瞬間を目の前で

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1977(昭和52)年9月3日午後7時10分7秒-。
 巨人・王貞治選手(当時=37)が、対ヤクルト戦でハンク・アーロンの持つ米大リーグ通算本塁打(755号)を抜く756号の世界新記録を樹立したとき、私は東京・後楽園球場の記者席で“その瞬間”を観(み)ていました。
 私は、右翼席に向かうライナー性の鋭い打球を見送りながら、ああ今夜の仕事は忙しくなるぞ、などと思いながら、一方、8月31日に755号を放ってから3日、日本中のファンだけでなく世界中の目も注がれる重圧の中、あと1つに向かう、ここ一番に発揮される心技体のパワーは、どこから出されるのだろうか、などと漠然と考えていたことが思い出されます。
 その後…プロ野球担当記者を離れ、プロゴルフやプロボクシングなどさまざまなプロスポーツの取材活動を続けてきましたが、王さんの偉業達成のときに抱いたテーマは、取材対象がかわっても常に私につきまとっていました。

▽青木功も山中慎介も練習から強く

例えば、プロゴルフの青木功プロ。彼が1983年2月の米男子ツアー「ハワイアン・オープン」で残り128ヤードをPWで放り込み、米ツアー初優勝を飾ったとき、他方で、あの1打は必然だったか偶然だったか、という話題がそこかしこで聞かれたものでした。職人気質の青木プロは、今風の器具を使った筋トレの類を嫌います。ゴルフの筋肉はスイングすることで自然につくもので十分だ、が持論です。
 が、ある日、取材先の風呂場で顔を合わせたとき、しなやかな上体に比べて下半身のたくましさ、特に太ももの筋肉の盛り上がりなどには、思わず目を見張ってしまうほどビックリさせられたものです。青木プロの練習は、人には球を打つところしか見せませんが、土台となる下半身の強化は、人知れず鍛えられており、それがここ一番の力につながるのでしょう。
 中嶋常幸プロが、一日ごとに変化するスイングに手を焼き、それをマシーン化するため、何千球もボールを打つ特訓にチャレンジしたことも含め、集中したときのプロの1打には、限りなく必然性がつきまとっているのですね。

▽スポーツに共通した集中力の重視

プロボクサーたちは、練習で出来ないことは試合で出来ない、と試合でやりたいことを徹底して練習します。現役時代に“神の左”で相手を恐れさせたWBC世界バンタム級王者・山中慎介さん(帝拳=引退)は、研究され尽くしても左を当たるために、深い踏み込みで伸びる左、よけ切れない左を練習し続けました。
 私が王さんの偉業達成時に抱いたテーマは、長いときを経て、さまざまに世界水準で活躍する選手たちがしていることを見たり、話を聞いたりして“なるほど”と思えるようになりました。それはスポーツの分野は変わっても、根底に練習の繰り返しがあり、野球にしてもゴルフにしても、あるいはボクシングの一撃にしても、練習通りを実行するための集中力に重きが置かれるのですね。
 プロの世界、観客が望むことを期待通りにやってのける選手をスーパースターと呼びます。
 王さんをはじめとして世界の頂点に立ったアスリートたちは、その方法にたどり着いた人たちなのですね。(了)