「菊とペン」(3)-(菊地順一=デイリースポーツ)

◎プロ野球界の人間が本当のことを言うと思っているの?
関根潤三さんが4月9日、お亡くなりになった。元祖二刀流として知られ、大洋(現ÐeNA)、ヤクルトで監督を務められた。 私は大洋時代(1982年~84年)の担当記者だった。20代中盤から後半である。
もっともプロ野球記者として駆け出しで、いま振り返ると無作法な取材をしたことが結構あったと思う。
 関根さんは当時還暦前だった。親子ほど年が離れていたこともあってか、鷹揚に構えて決して嫌な顔をしなかった。だが、その温厚な関根さんにたった一度、お説教をされたことがあった。
 83年のオフだった。大洋にドラフト1位で入団した右田一彦投手とロッテの欠端光則投手のトレード情報をつかんだ。右田はプロ2年目、欠端は3年目である。
 情報源は確かだった。私は当然のことながら勢い込んで、関根さんに取材をかけた。当時、関根さんは川崎駅前で喫茶店をやっておられ、一日に一度は顔を出すことを知っていた。
 何時間も粘った甲斐があり、なんとか直撃することができた。トレード話をぶつけた。だが、返ってきたのは、
「そんな話は全くありません」
という全面否定だった。顔色一つ変わっていなかった。手応えを感じられなかった。何度も質問を繰り返したが、返事は同じだった。これでは書け
ない。見送ったが、その翌日である。大洋、ロッテの両球団からトレード成立の発表である。
 カーッと頭に血が昇った私は再び、喫茶店で関根さんの帰りを待って、
「ひどいじゃないですか。否定するにしてももっと別な言い方があるで
しょう」
と、抗議した。若かった。しかし、関根さんからは、
「アンタねえ、プロ野球界の人間が本当のことを言うと思っているの! 出直してきなさい」
と、ピシャリと返されてそれまでだった。何も言えなかった。悔しかったが、勉強になった。
プロ野球界の人間は本当のことを言わない。そして取材前には入念な準備をする。そうすれば否定の裏に少しでも近づくことができるかもしれない。私は「(トレードが)あるんでしょう。確実でしょう」と繰り返しただけだった。
 当たり前のことであっても経験して初めてわかる。無鉄砲だった私にはいいお説教だった。訃報に接し、懐かしく思い出した。
関根さん、ありがとうございました。ご冥福を心からお祈りいたします。(了)