「大リーグ ヨコから目線」(33)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)

◎バリー・ボンズの2つのロッカー
▽異例ずくめのシーズン
今年のメジャーリーグは異例続きでペナントレースを終えた。新型コロナウイルスのため、公式戦162試合が60試合に短縮。逆に9月29日(現地)からのポストシーズン出場は各リーグ5球団から8球団に増えた。それだけではない。8月にウインコンシス州ケノーシャで無抵抗の黒人男性が白人警官に背後から撃たれた事件のあと、「人種差別」に抗議するため、事件直後の7試合が延期になった。監督や選手から「差別反対」の声明も出された。大リーグは黒人選手の占める割合は約6パーセントとバスケットやフットボールに比べ少ないが、今回は白人の監督や選手も抗議の声を挙げている。黒人差別問題がメジャーリーグに大きな影響を及ぼしている。
 メジャーの試合で多くの黒人選手のプレーを見てきたが、一番印象に残るのはやはりバリー・ボンズだ。プレーや記録に関しては今さら語るまでもないだろうが、2000年代の初め、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地AT&Tパークの内部を見学する機会に恵まれた。担当者の案内でジャイアンツの選手用ロッカールームに入ると、隅に大きな革張りの一人用ソファがあった。ロッカーの名札を見ると「BARRY BONDS」とある。
ぐるりとロッカールームを見回したが、他の選手ロッカーの前にあるのはせいぜい小さな鉄パイプの椅子だ。ロッカーの真ん中には大きなソファとテーブルがいくつも置かれている。試合前、選手はそこで雑誌を読んだり、テレビを見たり、カードをやったり、お茶を飲んだり、あるいはおしゃべりをしてくつろぐ。
▽「ボンズさんの町」
改めてボンズのロッカーを見ると、隣が空いている。ボンズは2つのロッカーを使っていた。使っていた選手が移籍して空いたのか、あるいはもともとボンズのために2つ用意されていたのかは分からなかったが、これなら個人用ソファも置ける。いずれにしても球団がボンズに対して、敬意と便宜を図っているのだろうと思った。私がカメラをバッグから取り出すと、担当者から「ノー フォト(撮影禁止)」と言われてしまった。ロッカー全体がダメなのか、ボンズのそれがダメなのか、説明はなかった。
2007年、AT&Tパークで大リーグのオールスター戦が行われた。ファン投票で選ばれたイチロー(当時シアトル・マリナーズ)は記者会見でサンフランシスコの印象を聞かれ、こう答えた。
「ボンズさんの町ですね」
町がボンズのものなら、ロッカー2つは当たり前か。(了)