「野球とともにスポーツの内と外」(43)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「AI判定」の驚異
 1978年(昭53)10月22日-。この日、私は東京・後楽園球場(当時)の記者席にいました。ヤクルト対阪急の日本シリーズ第7戦。戦前の「阪急有利」の予想を覆してヤクルトが健闘。3勝3敗の五分で迎えた最終戦での“日本一”争いです。
 結果を先に言えばヤクルトが4-0で勝利。球団創立29年目で初の頂点に立ちます。が、この試合は“別の話題”で議論が沸騰したことは周知のことですね。そうです。ヤクルト・大杉勝男(現・故人)が左翼ポール際に放った大飛球が、ホームランかファウルか、を巡って試合が1時間19分も中断した出来ごとです。
▽頼みは「人間の目」だった時代
 振り返ってみましょう。ヤクルト1-0のリードで迎えた6回裏、ヤクルトの攻撃。1点を加えた後、主砲・大杉の「月に向かった」一撃は、左翼ポールの上を越える大飛球。レフト線審(富沢宏哉審判)はこれをホームランと判定し、一方、阪急・上田監督は「ファウルだ」と猛抗議。一時は“あわや試合放棄”の危機に至るほどの騒動となりました。ちなみにこのときの審判構成は、球審1、塁審3、外審2、の計6人でした。
 私がここでこんな古い出来事をほじくり返したのは、私が当時のヤクルト担当記者だったこともありますが、そんなことより、ものごとの判定がすべて“人の目”で行われていた時代から今、正確無比の「AI(人工知能)による判定」へと形を変えていることに驚異を感じるからです。
▽爪も伸ばせない「AIの目」
 連日激闘を展開させているサッカーのW杯(ワールドカップ)カタール大会。11月20日の開幕戦で行われた1次リークA組のカタールvsエクアドル戦(エクアドルの2-0勝利)でいきなり“それ”は非情に発揮されました。前半2分38秒、エクアドルのバレンシアが頭でゴールを決めた際、直前のボールの奪い合いでエストラダの右足がオフサイドポジションに位置していたことを今大会から導入されたAIによる新技術「半自動オフサイド判定」が検知。ゴールは取り消されました。
 この件に関する新聞各紙は「これまでの主審や副審による“人間の目”ではまず見抜けなかっただろう」と科学技術の威力を報じ「エストラダは今後、足の爪を何とかする必要があるだろう」など半分ジョークながら、テクノロジーを駆使した新時代の戦いは、そこまで配慮しなければならなくなるだろうことを伝えました。
 阪急の指揮官が激怒した1時間19分。左翼ポールの上を飛んだ微妙な大飛球をさて…AIだったらどんな判定を下したことでしょうか。プロ野球界もMLBでは球審にAI導入などの声が高まっているとも聞く昨今です。(了)