「大リーグ見聞録」(60)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)

◎WBC米国代表 スター軍団の背景
▽抜群だったトラウト効果
 今年の野球界の最大のイベントは3月の第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)だ。本線出場の20か国が4グループに分れて戦い、3月21日(現地)に米フロリダ州で決勝戦を行う。その中で米国代表は今回、オールスター級が顔を並べた。前回も大リーガーは参加したが、今回はその比ではない。
MLBの動きは早かった。昨年7月に代表チームのGMにトニー・リーギンスを抜擢。MLBとアマ野球に通じる大物だ。リーギンスはすぐに活動を開始。エンゼルスのマイク・トラウトを訪ね、WBC出場と主将就任を口説いた。トラウトといえばMVP3度受賞のスーパースター。成績だけでなく、フレンドリーな性格で人望もあり、多くのメジャーリーガーから慕われ、尊敬を集めている。高校の同級生と結婚。スター選手にありがちなトラブルやスキャンダルとも無縁だ。
 トラウトは参加も主将もふたつ返事で快諾した。「前回、出場しなかったことを後悔している」(トラウト)こともあっただろうが、それだけではない。リーギンスは2009年、エンゼルスがトラウトをドラフト1位(全体で25位)指名したときのGMだった。大リーグへ導いてくれた恩人でもある。
 トラウト効果はすぐ出た。B・ハーパー(MVP2回、フィリーズ=後に手術のため辞退)、M・ベッツ(MVP1回、ドジャース)が参加表明。さらにP・ゴールドシュミット(今季ナ・リーグMVP、カージナルス)、N・アレナド(今季30本103打点、同)が手を挙げた。調整が難しいと言われる投手陣からも、C・カーショー(サイヤング賞3回、ドジャース)、M・マイコラス(2018年最多勝、カージナルス)らが出場。代表30人の年俸総額は約3億3207万ドル(約440億円)億円だそうで、まさにスター軍団だ。
▽球団、選手だけがウハウハ
 それにしてもMLBにしろ、選手にしろ、WBCに対する前のめりとも思える積極さはなぜか。これまでは今ひとつ腰が引けていた。その背景にはMLBの人気低落、ファン離れがあるのではないか。
昨オフは労使協定の締結が長引き、約3か月に渡って経営者側がロックアウト。結局、開幕が1週間以上遅れた。シーズン中から観客動員の伸び悩みが報じられ、昨季の観客数は約6455万人。コロナ前(2019年)の6850万人を大きく下回り、1997年(約6300万人)の水準に近づいた。5月2日のアスレチックス対レイズ戦はなんと2488人。信じられない数字まで記録した。
アストロズ対フィリーズのワールドシリーズの平均視聴率も史上2番目の低さ(6・5%)だった。
 昨春のロックアウトは「ファン無視のカネ持ち同士のケンカ」とファンから批判された。実際、MLBも球団も選手も金銭面ではウハウハだ。昨年のMLBの収益は110億ドル(約1兆5100億円)。2019年より約400億円増だ。大リーガーの平均年俸も441万4184ドル(約6億500万円)。2019年は約405万1490万ドルだった。
「バスケットには米国代表の“ドリームチーム”があるが、野球はどうなんだ」との報道もある。自分たちがカネ儲けに血道をあげている間に、気がついたらファンがいなくなっていた。そうした危機感がMLBや選手にあるのなら、連覇を狙う米国は日本のさらなる強敵になろう。(了)