「菊とペン」(35)-(菊地 順一=デイリースポーツ)

◎ど真ん中の真っすぐに私の反応は?
 2023年である。新年である。アーッまた1つ年を取る。「門松は冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」昨年も同じことを書いた。一休の狂歌で年々身に染みる。
 さて22年を振り返ると、思わず吹き出す。また顔をしかめることが結構あった。年々多くなっているような気がする。
 暑い日だった。私は今年1月で18歳5カ月になる犬を飼っている。白いオスのトイプードルである。人間の年齢に換算すると90歳近いとか。4年くらい前から「認知症」が出始めていた。それでもしっかりしている方だったが、1昨年の夏に散歩の途中で足をよろけさせて倒れた。「キャイーン」急いで動物病院に連れて行った。後ろ右脚を捻挫して回復は難しいとの診断だ。寝たきりとなった。
 それから以降、私は日々、愛犬の看護に追われている。一日に何度もおむつを換え、食事を与える。認知症が進んで昼といわず、夜といわず、さらに深夜、朝方に吠える。そのたびに世話をする。ちなみに目は白内障でほとんど見えないようだ。寂しいのか、抱っこをすると落ち着く。人間のようだ。
 月に1、2度定期健診で行きつけの動物病院に足を運ぶのだが、〝事件〟はその時に起こった。待合室で犬を抱えて待っていると、若い女性の看護士がやって来た。で、私の顔を見ながらこう言ったのである。
 「ペ●スの具合はどうですか?」
 私、「ハッ?」てな感じである。ペ●ス?、エッ?、思わず看護士を見直した。
 「だからペ●スはどうですか?」
 頭が混乱した。うろたえた。なぜ、彼女は私のナニに興味を持っているのだろうか、いや、心配しているのだろうか。わからない。
 その時、やっと気づいた。それは1週間前のことだった。愛犬がおむつのすき間からチンチンを必死でなめていた。どうやら痒かったらしい。見ると真っ赤になっている。以前、病院から皮膚病の薬をもらっていたことを思い出した。病院に電話した。
 「あのお、実はかれこれこういうワケで、あの薬を使っていいですか」
 電話の相手は若そうな女性だ。気を遣って、チンチンとかポコチンと柔らかい表現を使って説明した。電話とは言え、竿の先とか亀の頭と言ったらセクハラに受け取られるかもしれない。慎重に言葉選びをした。
 「ハイ、大丈夫です」
そうです。その時、電話で対応した女性だったのだ。私と犬の名前を覚えていたのだ。数秒後、気を取り直して、「ええ、よくなりました」と答えたが、記憶力が落ちたことを思い知らされるとともに、なにか釈然としない。せめて「ペ●スの具合はどうですか?」と聞く前に「ワンちゃんの」を頭に持ってくるべきだろう。これでは奇襲攻撃だ。ひどい。日本語は正しく使え。
 でもまあ、考えると追い込まれた打者が真ん中の真っすぐに反応できずに見逃したシーンと似ているかもしれない。思いもしなかった球がきた。仕方ない。こう自分に言い聞かせた。(ちょっと違うか)
反省点がもう1つ。スッとぼけて、こう応えればよかった。「ええ、最近年のせいか調子が悪いんです。面倒みてくれます?」。さてどうなっていたか。1人でニヤニヤしていると女房が怪訝な顔をしていた。
 愛犬は認知症がますますひどくなったが、毎日元気でエサを食べている。23年も介護に追われる日々となりそうだ。彼に「門松」はまだまだ無縁のようである。(了)