「野球とともにスポーツの内と外」(50)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「魔球」~なぜ落ちる?
 過日、元祖“魔球”のフォークボールで一時代を築いた杉下茂氏の逝去が報じられました。2023年6月12日午後10時18分、間質性肺炎のため死去、享年97。合掌。
 杉下氏の訃報に際して各新聞社にコメントを寄せた長嶋茂雄氏(現・巨人終身名誉監督)は、そのフォークボールの威力について「“これは打てないな”と諦めさせるボールでした。いつフォークボールが来るんだと打席で恐怖を覚えたことを思い出します」と話し、多くの対戦経験者は「狙っていても打てなかった」と口を揃えました。
 杉下氏が年間32勝を挙げ、所属する中日の初優勝に貢献、日本シリーズも優勝するなど全盛期にあった1954年(昭和29年)のころ、当時の野球小僧たちは、仲間が集まれば“三角ベース”を始め、少年たちはこれまでの打つ楽しみから、投げるボールを曲げる(変化させる)楽しみにも目覚めていました。指の間に挟むんだってよ、と短い指を無理やり広げたり、手首を返すんだよ、など、思うように曲がらないボールに口角泡を飛ばしかんかんがくがく…の懐かしい日々-。
▽杉下遺産の解明
 が、“魔球”を正体不明のままに終わらせないのが時代の流れです。2021年某月某日付の新聞紙面にちょっと目を引く興味深い記事が掲載されました。見出しに「フォークボール~落ちるナゾ」とあり、東工大などの研究チームが、フォークボールやスプリットは、打者の手前でなぜ落下するのかを研究、それは「負のマグヌス効果」によるものと理論づけたのです。
 投げたボールにバックスピンがかかっている場合、ボールには揚力が生まれます。ゴルフのショットでバックスピンがかかったボールがディンプル効果により高く上がるのと同じですね。この原理はドイツ人研究者マグヌス氏が解明したことで「マグヌス力(効果)」と呼ばれているとのことです。
▽カギを握る縫い目の回転
 回転の速いストレートが打者の手前でホップする(するように感じられる)のは「マグヌス効果」です。では、打者の手前で落とすのは、回転をできるだけ与えなければいいのか。フォークボールは、人差し指と中指でボールを挟み、回転を抑えて投げるため、そう思われてきたのですが、今回、東工大などの研究チームは「ボールの縫い目の回転の仕方が揚力とは正反対の力『負のマグヌス効果』を起こす」ことを明らかにしたのです。
 回転を抑えて投げるフォークボールにも、緩いバックスピンがかかり浮き上がろうとする力が働きますが、その途中、空気の流れが縫い目を通過する際に揚力とは逆、下に向かおうとする重力の影響を受け、打者の前でストンと落ちる動きになるというわけです。
 フォークボールは長い手指を持つ杉下氏が初めて投げたと言われています。「落ちる原理は“縫い目の回転”にあり」とした研究チームの解明を果たして杉下氏、天国でどう受け止めていることでしょうか。(了)