「菊とペン」(42)-(菊地 順一=デイリースポーツ)
◎8月が来れば思い出す、阪神コーチ「暴虎事件」、その後日談パート2
灼熱の8月である。暑さはこれからが本番だ。夕方の散歩もしんどい。最近は家の前のイスに座り、道行く人を見ながらビールを飲んでいる。ちょっとした優越感…。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが、8月となると必ず思い出す事件がある。1982年8月31日、夏休み最後の日に横浜スタジアム・大洋対阪神21回戦で起こった「暴虎事件」だ。
7回表、走者を三塁に置いて、阪神・藤田平選手が石橋貢三塁手の頭上に高いフライを打ち上げた。風が強かった。石橋選手は捕球できなかった。打球は一度フェアグラウンドに落ちてからファウルグラウンドへ転がった。
私、記者席で「アッ、触ったな」と思ったが、鷲谷亘三塁塁審は「石橋の体には触れていない」とファウルの判定を下した。これを間近で見ていた河野旭輝三塁コーチは「触れている。フェアだ」と猛抗議、一塁コーチの島野育夫が駆け付けると鷲谷塁審に暴行を働く。
岡田功球審が退場のコール。島野コーチはさらに激しく暴行を加える。これに柴田猛コーチも乱入した。岡田球審が島野コーチを止めようと羽交い締めに。すると柴田コーチが岡田球審の腹や胸に連続蹴りを見舞う。
もうメチャクチャである。スタジアムは「四角いジャングル」と化した。審判団は引き上げて一時は没収試合を検討した。
いやあ、凄かった。私、筆が滑り「ヤクザのような暴行劇」と書いた。
翌日、会社に自称ヤクザ氏から電話がかかってきて「さすがにヤクザでもあそこまでひどいことはしない」と抗議を受けた。一度、今コラムで紹介した。
だが、まだあった。この日の取材終了後のことだ。記者席に戻ろうと通路を歩いていると、助っ人のマイク・ラム内野手が球団関係者とこの試合を中継していたテレビ神奈川の放送席に向かった。ラムは「さっきのラフプレー、VTRがあるだろう。欲しい」
聞くと「アメリカに送りたい。日本ではこんなひどいことがまかり通っている。しかも試合が再開された。(アメリカでは)審判に軽く触るのが精いっぱいだ。永久追放だよ」
そして「日本ではあんなことも許されている。自分の国に教えたい」とマジメな顔をして言うのだ。どうやら帰国のお土産にするつもりのようだ。
私を含め、周囲の日本人は顔を見合わせた。ご安心ください。結局、VTRの流出は免れた。ネット動画などない時代だが、海を渡っていたら凄い反響があったと思う。日本球界のイメージダウンになるところだった。
いまから40年以上前の話だが、あの真夏の横浜の夜をクッキリ覚えている。
ちなみに鈴木龍二セ・リーグ会長は2コーチに厳しい処分を下し、横浜地検も傷害罪などで略式起訴、罰金などの命令を出した。(了)