「野球とともにスポーツの内と外」(51)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「音」についてのあれこれ
 新型コロナウイルス感染症の感染症法の位置づけが、このほど季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行してから、スポーツの場では「音」が“待ってました”とばかりに復活しました。これまで規制されていた「声出し応援」の解禁。熱戦を展開させる高校野球で元気いっぱいに奏でられる吹奏楽の音、大歓声…。スポーツの場はこうでなければいけません。グラウンドと客席が一体化した熱い盛り上がりです。
 そうした中で今回、音に着目してみようか、と思ったのは、MLBエンゼルスで活躍する大谷翔平投手(29)が放つ本塁打の打球音が凄いと話題になり、やられた投手が「あんな音は2度と聞きたくない」と耳をふさぐような音がどうして出るのだろうか、と論議されているのが発端でした。
▽究極は無音の威力
 水泳の種目に「飛込競技(ダイビング)」というのがあります。
この競技のポイントは“入水時の水しぶき”にありますね。高得点となる水しぶきが上がらない入水をノースプラッシュといい、このときの入水音は「ズボッ」とでもいいましょうか。「点」で着水しているため派手な音を立てません。一方、大きな水しぶきが上がるのは「面」で着水しているときでこのときの音は「バシャ」であり低い得点です。
 プロボクシングの元WBC世界バンタム級王者に山中慎介(帝拳 =引退)という名選手がいました。「ゴッド・レフト(神の左)」と恐れられた一撃必殺の左を武器に世界戦12連続防衛(8KO)を果たした世界のバンタム級史に残る選手です。彼の左は「コークスクリュー・パンチ」でした。コルク抜きのように腕を捻りながら放つ先鋭的なパンチ。普通、グローブを着けた拳で肉体を叩くときの音は「ドスッ」「バシッ」といったような鈍い音ですが、山中選手のコークスクリューは、いいですか、音が出ないのですよ、音を立てずに「点」で打ち抜き、相手は倒れます。まさに神技-。
 さて…大谷の凄い打球音は、飛込競技のノースプラッシュ、あるいは山中選手のコークスクリューと共通項があるように思います。つまり、バットの芯(スイートスポット)という「点」でボールを捉え、鋭く弾き返すパワーです。従って彼のバットが出す音は「ガツッ」です。一般的に「カ~ン」とか「カキ~ン」など聞き慣れた音は、概して「面」で打たれたときの音です。「~」の部分がない瞬間的で衝撃的な短音こそが大谷の音なのです。
▽瞬間的な短音こそが大谷の音
 周知のことですが大谷は今季、バットを変えました。これまでのアシックス社製からヤンキースのアーロン・ジャッジ外野手らが使っているチャンドラー社製へ変更。長さをこれまでの33・5インチ(約85・09センチ)から1インチ(約2・5センチ)長くした34・5インチ(約86・25センチ)に。そしてここがポイントですが、材質をより堅く、しなりが少なく、高反発の「メープル(かえで)」にしていることです。
 これが「~」のない「ガツッ」あるいは「ガッ」という迫力ある短音を発します。さて今季、この音が何回聞かれることになるのでしょうか。(了)