「菊とペン」(43)-(菊地 順一=デイリースポーツ)
◎ある高校野球審判員の激白
暑い、夏だから当たり前だが、これはもう経験したことがない異次元の暑さだ。
このクソ暑い中で行われた甲子園大会は慶応が107年ぶりの優勝を飾った。私、最初は自宅近くにある共栄学園を応援していたが、1回戦で敗退、ならば、と今度は故郷の花巻東に声援を送った。
こちらも準々決勝で仙台育英に敗れた。こうなったら隣県の育英に切り替えるしかない。で、結果はご存じの通りだ。
ところで球児の暑い夏は終わったが、9月も残暑が厳しそうである。
数年前のこと。ちょうど甲子園大会期間中に某県某市に足を運んだ。ちょっとした野暮用があったのである。目的地までタクシーを使った。見たところ40代か。気のよさそうな運転手だった。
大会期間中ともあって車中の話題は高校野球になった。私、つい軽口で言った。
「しかし、なんだよねえ。たまには審判の判定に食ってかかるイキのいい高校生がいてもいいんじゃないか」
すると運転手がこう言うではないか。
「お客さん、実は私、ボランティアで高校野球の審判をやっているんです。まあ、露骨に食ってかかる選手はいませんがひどい連中もいますよ。特にあの高校…」
運転手から出た高校名はその県では名門校の部類に入る。時々大会にも出場するし、プロ野球選手も何人か輩出している」
「へえ、そうなの?」
「球審をやっていると、打者がストライクの判定に対し聞えよがしにチッと舌打ちをする。それどころか、微妙な判定で見逃し三振にでもなったら…ベンチに下がる時にガンを飛ばしてくる。それが1人2人じゃない」
激白は続く。
「投手は投手で自信を持って投げた際どいボールがボール球と判定されると不貞腐れます。マウンドの土を蹴る。わざとイラついた表情を浮かべる。見ていてわかる」
自分らに不利な判定が下されるとあからさまな抗議はしないものの、「やってられるか」みたいな態度を取るそうで、
「ハッキリ言って、我々(審判)の間では嫌われ者ですよ。審判でいいことを言うのはいませんよ!」
その高校のマナーの悪さは伝統のようで関係者には知る人ぞ知る話だそうだ。イヤなことでも思い出したのか。口調は徐々に激しくなっていく。
「(高校野球の)上層部からはあの高校だけは(甲子園に)出すなと言われています」
今度は私が驚く番である。上層部はどこのことを指すのか聞きそびれたが「エッ、まさか…」。車内に微妙な空気が流れた。
運転手、いや高校野球の審判さんも察したようで慌ててこう言った。
「そうは言ってもそんなことはできませんよ。我々はあくまでも公正な立場ですから。正しい判定を心がけていますよ。でも好きでないとやれないですね」
車内のラジオが甲子園大会の模様を実況中継していた。
「ご苦労さんです。これからも頑張ってください」
降車の時、思わず声をかけていた。(了)