「野球とともにスポーツの内と外」(53)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「バンクーバーの朝日」さながらに
 9月(2023年)に開催された野球の「U-18ワールドカップ(W杯)」で高校日本代表の「侍ジャパン」が悲願の初優勝を飾りました。台湾・台北で行われた地元・台湾との決勝戦。日本が接戦を制したのは“小技”でした。
 0-1で迎えた4回。追いつきたい日本は、1死二塁の場面で丸田湊斗(3年=慶応)が一塁線へセーフティバントを決めました。1死一、三塁。ここで高中一樹(3年=聖光学院)が投前にスクイズ。相手の悪送球で一塁走者も生還して2-1。2つの小技で逆転に成功、そのまま逃げ切り、悲願につなげました。
▽U-18日本代表のW杯初優勝
 いまやMLBの最前線で日本人選手がスピードとパワーで外国人選手に負けない活躍を見せる時代であれば、もはや“古典的”戦法ともいえるスモール・ベースボール…。
 私はこの場面を観(み)ていてふと、以前にテレビで放送された映画「バンクーバーの朝日」(石井裕也監督=2014年12月公開)が頭に浮かびました。1900年代、カナダ・バンクーバーで活動していた日系カナダ移民の二世が結成した実在の野球チーム「バンクーバー朝日」軍をモデルにしたものです。
 その時代、多くの日本人が新天地を夢見てカナダに渡りましたが、現実は厳しく、貧困、過酷な肉体労働、そこに差別も加わる日々を強いられます。日系人の野球チーム「バンクーバー朝日」軍はそんな中で生まれました。人種的な優位を誇示する白人たちに一矢を報いたいと…。
▽「バンクーバー朝日」軍に見る小技戦法
 しかし、体格差、パワーの差は如何ともしがたく、負けが続きます。そんな中でチームが思いついたのが、巨漢たちの動きの鈍さをついた小技でした。バント戦法、出塁すれば盗塁、走ってかき回すスタイルは着実に功を奏し、勝ち星も増えていきます。日本チームのこの「頭脳野球」は、優勝を争うまでに躍進、彼らの礼儀正しいフェアブレー精神もあって次第に白人チームの尊敬を集めるまでに至ります。
 映画の中で日系の若者たちは野球を通して生き生きと描かれていました。が、実際は太平洋戦争の勃発とともに日系移民が敵性化されたのは周知のことです。
 さて…高校日本代表「侍ジャパン」を率いた指揮官がこの「バンクーバー朝日」軍の戦法を頭に描いたかどうかは知りません。しかし、U-18の若い年代層の野球に欠かせないのは、単発の長打力よりも、どちらかと言えば「機動力」が優先されるでしょうか。
日本の野球がいまなお「バンクーバー朝日」軍が選択したものと共通項があるなら感慨深いものがありますね。(了)