「たそがれ野球ノート」(5)-(小林 秀一=共同通信)

◎記者席今昔
野球取材の拠点は球場の記者席だ。今も昔もその役割は大きく変わってはいまいが、半世紀前の話をしてもなかなか信じてもらえない。いつも引き合いに出すのが、駆け出し時代に通った広島球場。記者席はネット裏スタンドの最上段。仕事道具や電話機(携帯などあるわけがない)を持って、ファンの間をすり抜けながら狭い階段を上がっていく。
「ええ記事、書きんさいや」と激励を受けたり、コップ酒の差し入れを丁重に断ったり…。「〇〇スポーツの記者はおるか」とけんか腰で迫ってくる怖いお兄さんもいた。
関東、関西の常設球場でこんな風景はあまり見られなかったが、出前を記者席にとって食事していた話には多少驚いてもらえる。後楽園ではもやしそば、ナゴヤ球場ならしゃけ弁当、など人気メニューが懐かしい。後楽園の席ではファウルボールが食事中のどんぶりを直撃する惨事を目撃したこともあった。
記者席の位置は基本的にネット裏ホームベース後方。以前このコラムで書かせていただいたが、長い間、記者は同じ角度で野球を見続けてきて、それが当たり前のことだった。一方、主催者の営業サイドからすれば、その位置に観客席をつくればどれだけ儲かるか、のどから手が出るほど欲しい。ところが記者席は記者クラブが管理していて、治外法権の場。簡単に相談ができるような状況ではなかった。
東京ドームはいち早く願いを実現させた。ネット裏の記者席が三塁側の中段へ。スペースの拡大や各席にモニター設置などが条件になったというが、今さらながら、よくぞ話がまとまったと思う。筆者が在籍していた時代にそんな提案でも出ようものなら、各社のうるさ方がそろって出てきて、ちゃぶ台をひっくり返していたに違いない。
記者クラブ幹事氏は明快に「そういう人たちがいなくなったのを見計らって、申し入れてきたのでしょう」。なるほどねえ。これも時代の流れか。
米メジャーリーグでも面白い話を聞いた。ホワイトソックスの本拠地でネット裏中段にあった記者席が突然一塁側最上段に移転した。球団から報道関係に報告があったのはアリゾナ州ツーソンでのキャンプ中。その間を狙って工事を始めてしまったという。球団とメディアとの力関係も日米で同じような変化をたどっているのかもしれない。
(了)