「大リーグ見聞録」(70)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)

◎名将が「私を買ってください」
▽複数候補を面談して決定
「エンゼルスの監督に関心を持っている。ぜひ、面談してほしい」
 10月5日(現地)のニューヨーク・タイムズはメッツ監督を更迭されたバック・ショーウオルターのこんな発言を報じた。5日後の10日には「USA TODAY」が昨年、シーズン途中でエンゼルス監督を解任されたジョー・マドンが「メッツの監督をやりたいと手を挙げた。面談を望んでいる」と伝えている。
 MLBもプロ野球も頂上決戦から、FA、トレード、監督と人事の季節を迎えている。その中で最も異なるのが監督の人選だ。プロ野球では今季限りで退任した原巨人、楽天石井、ソフトバンク藤本の後任監督はすんなり決まった。阿部慎之助ヘッドコーチ、今江敏晃打撃コーチ、小久保裕紀二軍監督の内部昇格である。MLBでは複数の候補者をリストアップしてから選ぶ。内部昇格でも同様だ。
 今オフはジャイアンツが女性アシスタントコーチのアリッサ・ナッキンを監督候補の一人として面談(結局、今季2023年にパドレスを率いたメルビン監督が就任)。大きな話題になったが、必ず黒人、ラテン系など、人種を超えて複数の人物を監督候補とする。人種差別の問題が背景にあるからだ。その上でフロント幹部が面談、決定する。だから時間がかかる。マドンやショーウオルターが「面談うんぬん」というのはそうした事情からだ。
▽やりたいけど「やせ我慢」?
それにしても監督経験者が自ら球団に売り込むことはプロ野球では考えられない。プロ野球では、どんな素晴らしい実績を残した監督でも、要請を待って就任する。そこには日米の国民性の違いもあろう。日本では売り込んで失敗したら、それこそ「赤っ恥」と言われかねない。アメリカでは挑戦そのものを評価する土壌がある。
1984年、中日での最初のキャンプで、山内一弘監督(1979~81年ロッテ監督、1984~86年中日監督)がこんなことを言っていたのを思い出した。
「(中日監督就任前に)スポーツ紙に、中日監督に山内急浮上、と書かれたときはうれしかったね。こればっかりは選挙と違って、自分で(やりたいと)手を挙げるわけにはいかないから」
マドンは弱小のレイズを強豪チームに育て、2016年にはカブスを世界一に導いた。ショーウオルターはヤンキースなど4球団でリーグの最優秀監督で選出。両者ともその手腕は高く評価されている。だからこその「売り込み」だろう。プロ野球で「痩せ我慢」をしている名監督はいるだろうか。(了)