「野球とともにスポーツの内と外」(57)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎「90番」が教えてくれた!?
プロ野球界は年が明けて1月、選手個々の自主トレが本格化し2月1日、各球団が一斉にキャンプ・インしました。キャンプ期間中の長い日々、選手たちは来たるべきシーズン中、大禍なく過ごすための基礎体力づくりと体のメンテナンス、新たな課題克服などに向けておろそかには出来ないときとなります。
 一方…とともに各球団を担当する野球記者にとってもキャンプに帯同するこの期間は貴重です。取材を通して選手個々と親しく接し距離を縮めるチャンスは、シーズンを通してこの時期しかないし、ここで得た情報や選手の“㊙エピソード”などは後々、シーズンが開幕した後の記事などに独自ネタとして生かせるのですね。
 さて…私が初めてプロ野球記者となり、巨人担当を拝命したのは1976年(昭51)でした。“ミスター”と呼ばれたスーパースターの長嶋茂雄氏が現役を引退、監督に就任したのが前年の1975年(昭50)で記念すべき監督デビューのシーズンは何と屈辱の最下位に終わっています。その2年目は当然、リベンシを合言葉とする緊張感の中で恒例の九州は宮崎・青島でのキャンプが始まりました。
▽スイングは「レベル」だぞ!
 長嶋監督はこの時期、背番号90を背負っていたので番記者たちは「90番」と呼んでいました。キャンプは次第に熱がこもり、休日となったある日、懇親を目的に選手対報道陣の草野球大会が開かれました。野球音痴の私も打席に立ちます。ゴルフスイングさながらのアッパースイング、もろヘッドアップで大きな空振りをしたとき、何やら後ろの方から「フフン」という声と「チッチッ」という舌打ちが聞こえてきました。振り向くと何と90番が私の方を見て素振りをしているのです。
 その動作は「頭の位置」の確認と素振りのスイングは「レベル」でした。「頭の位置」については「ビハインド・ザ・ボール」ですね。90番が示してくれた動作は、頭がボールの先に出るな、でした。スイングは私のようなシロウトが、ボールを上げるためにしたくなるアッパーではなく「レベル」の鉄則ですね。レベルスイングは文字通り、バットを水平に振ることですが、言い換えればボールを点でなく「線で打つ」ことにもつながるのですね。
▽なぜボクに~永遠の謎
 私は90番の動作を見て「エッ、ボクに…まさか」とただただ呆然とするばかりでした。が、ふと思ったことは、この人は永遠に現役の選手なんだなぁ、ということでした。まあ、こういうこともいい体験となったキャンプ。長嶋巨人は同年、リーグ優勝。翌1977年(昭52)もリーグ優勝。私は1978年(昭53)にヤクルト担当に変わりましたが、同年のヤクルトは、初のリーグ優勝を遂げ日本一にもなりました。
 ある日のこと。神宮球場で巨人の西本聖投手(当時)に声を掛けられました。「サトーさんの行くところ、みんな優勝だね。また巨人に戻って来てよ」と-。あの青島キャンプで90番が示してくれた素振りは、いったい何を意味したのでしょうか。
キャンプではこういうことが起きるのですね。不思議な「永遠の“謎”」的なことが…。(了)