第73回「英雄」(島田 健=日本経済)

◎大御所は野球好き
▽荒ワシの歌
今やレジェンドになったシンガー・ソングライターの井上陽水。2度目のブームを迎えていた1990(平成2)年に発売された「少年時代」はじわじわとながらCMにも使われてよく売れた。「夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 私の心は夏模様」。分かったようなそうでもないような独特の世界。いい唄だが、シングル盤のB面「荒ワシの歌」は何と少年野球を礼賛したものだった。「白いボールにかけた青春」で始まるのだから分かり易い。
▽チーム歌
実はこれは、世田谷区にある少年野球チーム、八幡イーグルスのチーム歌。聞くところによると、陽水の息子がチームに入っていて、それに気がついた監督が「合宿の時にみんなで唄うのを作ってくれませんか」と頼んだところ、つい作ってしまったという。テープにしただけだったが「少年時代」のカップリングにどうかと聞かれて、OKを出してしまったらしい。チーム歌が発売されるなんて滅多にないこと。しっかり「ヤハタイーグルス」の連呼まで入っている。

▽野茂英雄
と、ここまでは長い前触れ。98年、アルバム「九段」に収録された「英雄」はエイユウでなくヒデオをと読むのが正解だろう。「内角高めに 快感を投げ込め 指先を広げて 外角に沈めて トレビアン」「爪が割れた夜 三日月の形にマニキュアで固めた」「あこがれの空 ライトブルー」。対象の投手が95年から米大リーグのドジャースで活躍を始めた野茂英雄指しているのは間違いない。
▽大谷讃歌は出るか
さらに歌詞では「まるであなたはロビンソン きっとあなたはロビンソン」と続ける。米大リーグへの道を作った野茂を、本格的黒人選手のパイオニアであるジャッキー・ロビンソンになぞらえているのだ。正しい見方である。この歌は野茂英雄讃歌なのだ。このところ陽水はNHKのブラタモリのテーマ曲で耳にするぐらいで、24年1月現在は活動休止状態。48年生まれだから無理もないところだが、野球好きの大御所に、なんとか大谷翔平の唄を作ってくれないかと期待している。
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