「スポーツアナウンサーの喜怒哀楽」(5)-(佐塚 元章=NHK)
◎放送席から見たプレーの真相と興奮
スポーツアナウンサーの究極の職場は“放送席”です。北は札幌円山球場から南は沖縄奥武山球場まで全国各地の放送席から実況した私ですが、プロ野球のホームグランドの放送席は「実家」みたいな感覚です。中でも2度の赴任で計8年も勤務した広島市民球場のラジオ放送席は思い出が尽きません。
バッテリーの延長線上のネット裏に穴を掘ったような位置に放送席があり、グラウンドの地面はアナウンサーの胸あたりにありました。困ったことに、オンエアー中は窓を空けているためアナウンサーと解説者の声が打者に聞こえてしまうのです。「・・・は、まだ打率が2割にも届きません」などとアナウンスすると、その打者が私を睨みます。たまに、球審より早くストライク、ボールをアナウンスしてしまうと、球審が放送席を振り返って「判定するのは俺だろ!」と言わんばかりに不満の顔をします(これはアナウサーの未熟さで、あってはならないことです)。
1991年、山本浩二監督のリーグ最終戦優勝胴上げは、あまりにも放送席から近すぎて、胴上げがいつ始まったのかを見逃してしまい、胴上げ回数がカウントできない失敗もありました。
実況人生で1度だけ、トイレに行きたくなって我慢ができず困ったこともこの球場でありました。実況中に、ちょうど中断ニュースがあり「それではここでスタジオからニュースを3分間お伝えします」と話し一目散にトイレに走りました。比較的近いところにトイレがあったのですが、帰ってみるとタイムオーバー! ところが、某ベテラン解説者が一人で語ってくれて「放送事故」を逃れました。放送席とトイレの位置は最も気になることで、慣れない球場ではまず最初に“実地調査”をするのが鉄則です。
もうひとつアナウンサーが神経質になることがあります。放送席の位置、視界です。ファールグランドを含めボールの動きがすべて見えること、投手の球種、コース、高低が自分で判定できること、気象変化を体感できることがいい放送席なのです。ベストな位置はバックネット裏中段、やや一塁側です。この条件を満たしているのは甲子園のラジオ放送席で、ほんとうにしゃべりやすい大好きな放送席です。西武球場は、部屋がガラスで密閉されていて球音、スタンドの応援、歓声が全く聞こえません。アナウンサーにとって生の音は、放送演出上も自分を高揚させる意味でも大切な要素なのです。
残念ながら、私の放送した広島市民、平和台、西宮、川崎各球場・・・の放送席は過去の遺産となってしまいました。しかし、私の脳裏にはあの放送席から伝えたあの言葉、あの試合、あのプレーが今も鮮明に甦ってくるのです。(続)