「いつか来た記者道」(75)-(露久保 孝一=産経)
◎人気沸騰!クリケット版巨人の星
2024年8月に開催されたパリオリンピックでは、日本選手が大活躍し金メダル20個をとり世界3位の成績を収めた。この大会では野球、ソフトボールは除外されたが、次回28年のロサンゼルス五輪で復活することが決まった。さらに、「もうひとつ大きな種目が入る」と声をあげた中年のインド男性がいた。私の近くに住む横浜市中区の知人である。その競技とは、クリケットだ。なぜクリケットに?
そのインド人は「YC&AC(横浜カントリー・アンド・アステレチック・クラブ)」という在日外国人のスポーツ・クラブの会員である。クリケットが好きで、52歳の現在でも年に2,3度プレーしている。クリケットは、13世紀に羊飼いの遊びとしてイギリスで始まったといわれ、今や世界の競技人口は3億人以上にのぼり、サッカーに次ぎ第2位の隆盛を誇る。
競技は1イニング制で、1チーム11人で対戦する。投手がワンバウンドで投げたボールを打者が船の櫂のような形のバットで打ち、打球が処理される間に打者がピッチ(長方形のスペース)を走って得点する。打球はどこに打ってもよく、アウトになりにくいので、試合時間が5時間を超えたり数日間に及ぶ場合もあるという。投げる、打つは野球に似ているが、ルールが違うので興奮度も違ってくる。
▽ロス五輪に登場、野球とともに注目
前出のインド人によれば、かつて英国の植民地だったこともあり、インドでもクリケットは昔から行われていた。この競技をさらに普及させようと、インド人が狙ったのは日本の「巨人の星」(原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる)である。「クリケット人気をさらに高めようと、日本の大ヒットアニメにあやかった。そこで、巨人の星をクリケットの物語にしたのです」とインド人は笑った。22年12月から放送された物語はこうである。
インド最大の経済都市ムンバイにクリケット好きな親子がいた。貧乏な家に育った少年は父の厳しい特訓を受け、多くのライバルと競い合って一流選手を目指すというサクセスストリーは「巨人の星」そっくりだ。野球がクリケットに、舞台が東京からムンバイに、野球の猛練習に耐えて飛躍する星飛雄馬がインド少年、スーラジに、それぞれ設定を変えた。
この「クリケット版巨人の星」(スーラジ ザ・ライジングスター)は、父・一徹の「ちゃぶ台返し」が登場し、日本からクリケットのプロの選手をめざして「イチロー」という俊足で空手の達人がやってくる場面もある。さすが世界のトップをいく優秀な日本のアニメである。ムンバイでは「スーラジ」の主題曲があちこちで流れ、インド・クリケットをここまで爆発的な人気に高め、「国民的スポーツ」を不動のものにしたのである。
日本では、競技人口は4000人ほどのため、日本クリケット協会は「クリケットのまち」づくりを進め、栃木県佐野市では協会本部を置いて10年以上前から取り組み、日本初の全面天然芝の「佐野市国際クリケット場」が整備されている。そのクリケットがロス五輪で、第2回大会以来128年ぶりに競われる。日本においては、ロス五輪に向け野球熱が一段と高まりそうだが、「巨人の星」でブームになったクリケットも楽しみのひとつになりそうである。(続)