「菊とペン」(56)-(菊地 順一=デイリースポーツ)
◎あの時、同級生たちと上げた大歓声の正体は…
10月である。そして10月とくれば、これはもう日本シリーズだ。
いまでも思い出すのが1971年10月15日、巨人対阪急(後楽園)、1勝1敗で迎えた第3戦、王さんが山田久志から打った劇的なサヨナラ3ランだ。
先日、当クラブのゲストとしてお迎えした柴田勲さんが、裏話を披露してくださった。実に興味深かった。
当時、私は地方の高校に通う1年生だった。この第3戦を自宅、しかも20人ほどの同級生とテレビ観戦し、王さんの本塁打に全員で「やった-っ!」と大歓声を上げた記憶があった。
いつごろからかは分からないが、ずっとそう記憶していた。ところが、一方で妙な違和感があった。
その正体が最近判明した。大勢の同級生たちが家にやって来たということは土曜日か日曜日であろう。当時、シリーズはデーゲームである。
ところが第3戦である。土、日開催はまずありえない。では、あのみんなで上げた大歓声はなんだったのか。
近くの図書館に足を運んだ。当時の新聞をめくった。ああ、やっぱり、15日は金曜日である。そして金曜日、高校は平日6時間授業だ。
必死に53年前のことを思い出した。そうだ。学校だった。
第3戦の試合開始は午後1時2分、ゲーム終了は午後3時28分、6時限目の授業は終わっていた。
クラスの同級生が校則を破ってラジオを持ち込み、我々はそのラジオを囲んで実況中継を聞いていたのである。
王さんのサヨナラ本塁打が出て「ワーッ」と叫んだが教室である。おそらく控え目だったと思う。
では我が家での大歓声は…また必死になった。セピア色の記憶が鮮明になった。
翌日は土曜日で授業は午前中で終わり、帰宅準備をしていた。その時、クラスの同級生の1人が言った。
「なあ、お前ん家でシリーズを見せてくれないか?」
高校には汽車通学をしている同級生が結構いた。試合開始、午後1時過ぎの汽車だと帰宅時はほぼ決着している。
私は自転車通学をしており、家には10分ほどの距離である。同級生は近くに住んでいることを知っていたのだ。
「いいよ」と紙に簡単な地図を書いて渡した。県道沿いですぐわかる。
試合開始の午後1時前にやって来た。しかも4、5人一緒だ。私の家でシリーズを見る。他の汽車通学の同級生に話すと、オレもオレもとなったのだ。
ところが試合が始まると玄関が騒がしい。「ここだ、ここだ」と10人以上の同級生が大声を上げていた。
アイツの家に行けばシリーズを見ることができる。口コミで広がって「観戦ツアー」となったのである。
狭い茶の間に20人ほどの高校生がぎゅうぎゅう詰めとなって皆でワイワイ言いながらの観戦となったのである。
でもまだ違和感が消えない。あの大歓声の記憶はなに?…当時の新聞にもう一度目を落とした。そうか。この一発か。これで騒いだのか。
第4戦、巨人は3回に末次民夫(利光)が先制となる満塁ホームランを足立光宏から放っていた。これが効いた。勝ってⅤ7に王手をかけた。
巨人は翌第5戦も勝利し、4勝1敗で阪急を下しⅤ7を達成した。
王さんのサヨナラ本塁打で流れが巨人に傾き、末さんの満塁弾がさらに勢いを加速させたのだ。
記憶がごちゃ混ぜになっていた。
やっと違和感が消えた。私には大げさに言えば「53年目の真実」となった。
MVPはシリーズ新記録となる7打点を挙げた末さんだった。(了)