「大リーグ見聞録」(87)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)
◎魚雷バットは革命を起こすか?
▽開幕3試合で15本塁打の新記録
MLBで久しぶりにバットが話題になっている。今季開幕からヤンキースの選手が使いだした魚雷バット(トルピートバット)のことだ。標準的なバットより先端が細く、ボールを捉える芯に近い部分を太くし、かつその位置を手元(グリップ)近くにずらした。形状が魚雷に似ていることから、そう命名された。開発したのは昨季(2024年)までヤンキースでアナリストとして働いていた、アーロン・リーンハート(48)。マサチューセッツ工科大学で物理学の博士号を取得。ヤンキースでは打撃解析を担当していた。
ヤンキースではゴールドシュミット、ベリンジャー、ウエルズ、チザム、ボルビーの5人が使用。選手はバットの芯でボールを捉える機会が増え、スイングスピードがアップすることで、飛距離が出るとの理論である。実際、ヤンキースは開幕3試合で15本塁打。これはMLBタイ記録で球団新記録。魚雷バット5人組で9本スタンドインさせた。
ベリンジャーは昨年、カブスで似たような魚雷バットで練習したことがある。「重心が手元にきて、バットが軽く感じられるのが利点だ」とMLBのHPで語っている。
これまでMLBのバットが話題になるのは、不正かインチキ絡みだった。有名なのは反発力を高めるコルクバット。2003年6月4日のデビルレイズ戦でカブスのサミー・ソーサが第一打席でバットを折り、先端にコルクを注入していたことが発覚した。「違反バット」と認定され、即、退場。その後、7試合の出場停止になった。ソーサは「間違って練習用バットを使ってしまった」と弁解した。
▽「バレなければ不正もOK」
もっともコルクバットはそれ以前から使用されていた。最初に不正がバレたのは1974年9月7日のタイガース対ヤンキース戦。ヤ軍のグレイグ・ネトルズが五回の第三打席でバットを折りながら、左翼前にポトリと落ちるヒットを放った。折れたバットを拾った捕手が不審に思い、球審に手渡した。球審がチェックするとコルクが詰めてあり、違反バットと分かり、ヒットは取り消しになった。バットは先端から6、7センチほどドリルで穴が空けられ、そこにコルクが詰められていたという。
その試合の第二打席でネトルズは本塁打を放っていた。ところがその本塁打はそのまま認められた。同じバットを使っていたのは間違いなかっただろうが、それを証明することができなかったからだ。MLBには「見つかるまでは不正、インチキをやっていい」と考える選手がいたし、今もいるようだ。薬物違反の選手が後を絶たないのもそのためか。
ちなみにネトルズは「バットに細工なんて知らなかった。ファンからもらったものなんだ」と言い訳したが、ソーサ同様、説得力ゼロだろう。
ところで開幕3試合で15本塁打のヤンキースはその後、ペースダウン。現地4月26日現在、26試合でリーグ1位も41本。そのうち、チザム(昨季24本)はあのジャッジと同じ7本だが、2022年のナ・リーグMVPのゴールドシュミット(当時カージナルスで打率・317,35本、115打点)まだ1本(昨季は22本)だ。
魚雷バットはプロ野球でも使う選手が出てきた。MLBでも使用選手が多くなっている。バットの性能が不正ではなく、科学の力でよくなるのは喜ばしいが、果たして魚雷バットはMLBに“革命”をもたらすのか、それとも“尻つぼみ`’で終わるのだろうか。(了)