「セ・リーグDH採用で球界が変わる?」-(山田 收=報知)

第9回「セはDH制にどう向き合ったか」③
 パ・リーグがDH制を採用してから46年。セがリーグ単独公式戦での採用に反対し続けてきたことに、目を向けたい。正直申し上げると、DH元年の1975年には、まだ私は報知新聞社に入社していない。そこで、当時を知る先輩諸氏から、「なぜ、セはDH採用に反対だったのか」を伺おうと思ったし、併せて
資料探しも始めた。それが、なかなか見つからない。そこで、またまた、ベースボール・アナリストの蛭間豊章さんから有力な情報をいただいた。
70~80年代にかけてのセ・リーグの文書の中にDH制反対の理由が書かれていたというのだ。正確に言うと、現時点で私はその文書を見ていない。「こう書かれていた」という信頼すべき情報をもとに、論を進めていきたい。
反対の理由は、全部で10項目ほどあるが、今回は、オーソドックスに正面から反対の声を上げた主要な根拠というべきものから取り上げたい。他にはなるほど、というものもあるし、首を傾げたくなるものもあるが、それは当時の時代・情勢を映すものとして理解したいと思う。
➀1世紀半になろうとする野球の伝統を、余りにも根本的に覆し過ぎる。
これはまた、まさに直球勝負の9人野球擁護論ですね。「野球は9人が守って、打つもの」という原理原則にしたがってのもの。現在でもこれを主張する方は大勢いる。「DHは邪道。野球じゃない」とテレビで発言する元大選手もいる。ただ、考えてみてほしい。野球の原型といわれるタウンボールのルールをアレクサンダー・カートライトが整備したのが1845年。翌46年に初めて試合が行われた。その後1876年にナショナル・リーグが誕生すると、ルールも大きく変わった。日本でも1883年当時、現在のフォア・ボールはセブンボールだったし、87年にはシックスボール、90年にはファイブボールだったという(小関順二「野球の誕生」より)。時代とともにルールが変わっていくのは必然、という考え方もある。
MLBでは基本的に、勝負の決着をつけるのが当然という思想だが、世界では、時間に制約される場合は、新たな方策を取ってきた。7回制の試合もそうだし、タイブレーク方式もそう。時代の趨勢を身ながら、形を変えていくのもあり、という捉え方もできる。「野球は9人で行うべし」は金科玉条なのだろうか。
次回以降も、セの反対理由を取り上げていく。(続)