「野球とともにスポーツの内と外」(61)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎帰る場所があるということ
 「懐郷(かいきょう)」という言葉があります。辞書には「故郷を懐かしく思うこと」(広辞苑)とありました。母国を離れて異国で過ごす日々。やりたいことがどうにも出来ずに壁にぶつかっているとき、その思いは強くなることでしょう。ああ温かかったなァ。「故郷忘(ぼう)じ難し」の心です。
 5年ぶりの日本。受け入れてくれた古巣の包容力。スタンドからは歓迎の大歓声。これに応えなければ…復帰初戦となった5月6日の対ヤクルト戦。2点を追う8回二死、走者を2人置いた場面での一撃は、劇的過ぎる逆転3ランとなりました。ああ、この感触、やっぱり日本はいい、と思う一方、走馬灯のように頭の中を駆け巡る異国での苦闘…なぜこういうことが米国で出来なかったのか、とこのヒーローは思ったかどうか。日本プロ野球界に帰って来たDeNAの筒香嘉智外野手(32)です。
▽退路を断つ決意
 視点を一時期、米国女子ゴルフ界を席巻した韓国勢に転じてみましょう。1998年のシーズン、米国を主戦場にして2年目の朴(パク)セリが「全米女子プロ選手権」と「全米女子オープン」の2大メジャーを制覇して“韓流ブーム”の火をつけました。女の子を持つ韓国の母親は、第2の朴セリを目指して娘を鍛え、その目を米国に向けます。日本の宮里藍が日米両ツアーで活躍していたとき、多くの親が自分の子供を第2の藍ちゃんにしたがったのと同様の現象ですね。
 こうした流れの中で日・韓の最大の違いは「退路(退却する道)を断てているか」の差でした。韓国勢は自国ではプロとしての生計が立てにくく、それゆえに米国には“家族ぐるみ”で移住してしまいます。ツアーに参戦するプロたちは、男に代わる一家の大黒柱としての自覚を持ちます。戻る道はない。それが韓国勢大躍進の原動力でした。ダメなら帰ろうと思う日本勢との差は歴然ですね。
▽米国の5年間を「有」にしたい
 筒香は2019年のシーズン終了後、ポスティングシステムを利用してMLBに移籍します。レイズとの契約でスタートした米国での戦い。その強打はMLBでの活躍を期待するのに十分なものがありましたが、米国流への対応に苦慮。どうにも持てる力を発揮できずにドジャース→パイレーツなどの球団を渡り歩き、独立リーグにも身を投じる苦労を重ねてしまいます。
 室生犀星は詠(よ)みました。「ふるさとは遠きにありて思うもの」と。この句の意味は「故郷は遠くにいて懐かしむもので帰るところではない」なのですね。筒香にとってその胸中は複雑だったことでしょう。苦しかった米国での5年を経て、厳しく言うなら「帰る選択」などしてほしくなかった日本に帰ってきました。であるなら筒香は、帰る場所があることの幸せをかみしめ、周囲の恩情に甘えず、応援してくれるファンには、5年間の苦闘を「有」とするものを見せるべきでしょうね。(了)