「スポーツアナウンサーの喜怒哀楽」(16)-(佐塚 元章=NHK)
◎かつての両雄、甲子園決勝で再戦を
スポーツアナウンサーの楽しみのひとつに、放送した選手のその後の活躍、成長ぶりを確かめることがあります。その気持ちは、僭越かもしれませんが「親が我が子の成長を喜ぶ」「教師が教え子の成長を願う」という感覚なのです。
1997(平成9)年8月21日、全国高校野球大会決勝戦、智弁和歌山対平安(現竜谷大平安)の放送をNHK総合テレビで放送したのは私です。その時の智弁和歌山の主将だったのが捕手の中谷仁、平安のエースは4連投の川口知哉でした。試合は6対3で智弁和歌山が勝ち優勝しました。2人はともにドラフト1位で指名され、中谷が阪神、川口は4球団競合の末、オリックスに入団しました。
私は当時、NHK大阪放送局に勤務していたので、これからは練習や試合を見に行けるし、取材で話も聞けるだろうと大変楽しみにしていました。ところが将来を嘱望されて入ったプロ野球の道は険しく、中谷はアクシデントもあり楽天―巨人と移って、印象に残る活躍がないまま退団。巨漢のサウスポーで最もプロ向きと見えた川口はほとんど一軍の実績のないまま7年でオリックスを去りました。残念ながら、私はプロのユニフォームを着た二人の姿を見ることができませんでした。
時は過ぎ、2人の苦難の人生を救ってくれたのは母校でした。中谷は恩師高島仁監督の推薦もあり、2017年に智弁和歌山の事務職員兼コーチとなり、18年から監督に就任しました。21年夏には日本一を達成しました。川口は関西で女子野球の指導などをしていたが、22年に事務職員兼コーチとして母校の平安に迎えられました。前監督の不祥事があり、急遽、25年4月、監督に就任したのです。私にとっては人生たった1回の夏の甲子園決勝の放送をした思い出の試合で活躍した2人が、苦しい道のりを歩んだ末、母校監督になったことは、大変うれしいです。まだ46歳、高校生相手に立派な指導者、教育者に成長して欲しいと願っています。そして次の期待は夏の甲子園決勝で監督として2人が再び戦って欲しいというのが私の夢です。夏の県大会の前に、和歌山、京都それぞれのグランドを訪ね、指導ぶりを見学したいと思っています。(敬称略)