「たそがれ野球ノート」(27)-(小林 秀一=共同通信)

◎松井さんが最後の電話
長嶋茂雄さんのことを2回続けて書かせていただいたが、今回さらに取り上げることにした。
きっかけは長いこと長嶋さんの側近だったAさん(としておく)。何から何まで知っているのに、だれに聞かれても長嶋さんのプライベートは絶対に話さなかった人が、ようやく少しずつ口を開きはじめたからだ。
Aさんの話を聞きながら、長嶋さんがいかに周囲に気を配り、人を思いやりながら生きてきた人だったかということがあらためてよく分かった。
悪意を感じる書かれ方をしても、決してメディアの選り好みはせず、その丁寧な応対ぶりに、周囲ははらはらさせられることもあったという。親しい記者や関係者から情報を耳打ちされ、すでに知っていたことでも、相手を気遣い、驚くふりをして感謝する光景もよくあった。だからこそ、だれからも愛される人だったのだろう。
Aさんは少しずつ話し始めた。亜希子夫人のこと、長男一茂さんとの関係なども…。この辺は、こちらが公開するのも憚られるので控えるが、松井秀喜さんとのお別れについて、触れられていないような話があったので書かせていただく。
6月3日の亡くなる4時間ほど前、意識のなくなった長嶋さんの枕元に誰かがニューヨークの松井さんと結んだ電話を置いたという。
かつて松井さんに電話口でバットを振らせ、その音でアドバイスを送ったという師弟エピソードがあったが、必死に呼びかける松井さんの声に、もう反応する力は残っていなかった。
松井さんはすぐに空港へ向かい日本へ飛び立った。翌日の午前5時、主を失った田園調布の長嶋宅をいち早く訪れ、三奈さんの配慮で二人きりの時を持つことができた。
その後、松井さんは報道陣の前で「いろいろな思い出を呼び起こしながら過ごした」と言った後、「生前の長嶋さんと約束があり、今は話せないがその約束を果たしたい」と注目の談話を残した。(了)