「評伝」 野村克也

「考える月見草」(7) 
◎「神様」とだまし合いの思考対決
野村は、ONに強く刺激を受けて現役生活を送ったが、あくまで戦いの土俵はパ・リーグである。パで打たないことには、ONと肩を並べることはできなかった。
そのパに、強い敵がいた。どうしても打てなかった投手である。それは、野村の南海ホークスの強敵、西鉄ライオンズの鉄腕エース・稲尾和久だった。
稲尾は野村より2年遅れてプロに入ったが、新人で21勝を挙げ、エース格に成長した。野村も3年目から正捕手になり、打撃成績もあがった。主軸打者になり、チームからは稲尾攻略の先頭になるよう求められた。
稲尾といえば、球は速くない、と言われたが、野村の目にはかなり速く見えた。他投手にない球のキレがあり、打者には快速球に感じられた。スライダーは、右打者の外角ぎりぎりをよぎりボールゾーンに逃げていく「魔球」だった。
「稲尾はコントロールが抜群によかった。『針の穴を通す』とはまさに彼のための言葉だった。オールスターでバッテリーを組んだ時は、オレの構えたミットは動かなかった。稲尾ほどコントロールのいいピッチャーを見たことがない」
そんな好投手に、野村は翻弄され続けた。難攻不落の投手からヒットを奪う方法は、何かないか。
▽稲尾の投球クセをつかむために
野村は稲尾の研究に没頭した。それは稲尾の投球のクセをつかむことだった。
多くの投手には、変化球をなげる時にフォームがゆったりしたり、腕の振りがズレたり、また球種によりフォームが変化したりする特徴がある。ところが、稲尾はどんな球種でもフォームが変わらなかった。クセがないのである。
それでも、野村はあきらめず、16ミリフィルムまで導入して稲尾の投球を映してもらい、部屋でフィルムが擦り切れるまで見た。そこで、球種によってかすかな変化があることをみつけた。スライダー、シュート、内外角を投球フォームから見分け、試合で安打した。
しかし、さすが稲尾である。
「稲尾は、オレ(野村)から投球が読まれていると悟り、逆にオレをだましにきた。フォームをわざと変えた。それから鋭い駆け引きが続いた。知力を尽くした戦いになった」
目には見えない2人の探り合い、だまし合い、化かし合いは高度なテクニックの戦いだった。
▽一流が一流を育てた壮絶な戦い
「稲尾との戦いにはものすごく神経を使った。まさに頭脳野球だった。稲尾との戦いでオレは随分成長させてもらったよ」
稲尾から少しずつ打てるようになり、野村はタイトルも増えていった。稲尾と勝負できるようになって、他の投手に対しては自信をもって打席に立てるようになった。
「ワシの野球人生にとって稲尾様さまだ。神様、仏様、稲尾様とはよくいったものだよ」
野村は相好を崩した。 稲尾対野村の話は、私は直接、野村から何度も聞いた。本一冊にできるくらいの話があるが、この欄では限られたスペースしかない。野村は三冠王になり、稲尾はプロ最多のシーズン最多42勝を挙げた。
「一流は一流を育てる」という格言がある。やがて、両者は互いの存在をそう言い表した。(続)