◎ミスタープロ野球の“旧名”と“球名”(菅谷 齊=共同通信)
イチローといえば日米で大活躍した選手として知られる。本名は鈴木一朗。オリックス時代に登録名にし、ブレークした。芸能人の“芸名”に倣えば“球名”である。
大リーグでもっとも有名なのはベーブ・ルース。本名はジョージ・ハーマン・ルースなのだが、レッドソックスに入団したとき、監督に可愛がられたことから「ベーブ(赤ちゃん)」と呼ばれ、その愛称が付いて登録名、つまり“球名”になって今日に至る。
その流れで気になったのがミスタープロ野球こと長嶋茂雄の名前表記。立教時代、巨人入りしたときは「島」の字の長島茂雄だった。それが「嶋」に変わって長嶋茂雄となり、そのまま使われてきた。
かつて「嶋」は「島」の異体字だったことからマスコミは「嶋」を「島」に変えて表記していた。それが日本新聞協会の用語懇談会が旧字体、異体字の一部をそのまま使用可とし、その中に「嶋」が「嶌」とともに一般使用となり、2006年発行の新聞用字用語集で説明された。
「長島」はいつから「長嶋」になったのか。2度目の巨人監督になった93年ごろからといわれており、新聞の中に「長嶋監督」と表記されている。
調べてみると、1985年9月発行巨人50年史では選手時代、第1期監督時代ともすべて「長島」となっている。そのころの阪神や南海の球団史も同じ表記である。
ところがずっと古い1963年度(成績は62年度)の連盟編集のオフシャル・ベースボール・ガイドは「長嶋」と表記されている。2004年7月発行の日本プロ野球記録大百科をめくると、プロ入りした1958年から「長嶋」である。
実は秋篠宮妃(旧名・川嶋紀子)が1990年に結婚したころ「嶋」の字の使用が話題となった。これが「嶋の一本立ち」のきっかけになったともいわれている。
ナガシマ家に「戸籍は“嶋”と“島”どちらですか」と尋ねたことがあった。教えてくれたのは亜希子夫人で「“島”の方です」と。お別れの会を仕切った次女は「長島三奈」。戸籍通りである。長男の一茂は立大、ヤクルトと「長島」で、のちに「長嶋」と変えている。東京・田園調布の自宅の表札は「長嶋」だった。
長島茂雄は“旧名”となり、転じて“球名”の長嶋茂雄が「永遠に不滅」となるのである。
