「大リーグ ヨコから目線」(荻野 通久=日刊ゲンダイ)

◎オバマ大統領がやってきた

▽金属探知機、厳しいチェック

アメリカの歴代の大統領は就任した後、大リーグ公式戦の始球式を行うのが慣例になっている。今年は就任したばかりのドナルド・トランプ大統領がワシントンDCでのナショナルズ対マーリンズの開幕戦の始球式を行うはずだったが、直前になってドタキャンした。
 2009年7月14日(平成21年、日本時間15日)、セントルイスのブッシュスタジアムで大リーグのオールスター戦が行われた。その始球式をバラク・オバマ大統領(当時)が務めることになった。球宴の始球式を大統領が務めるのは珍しい。
 いわゆる「9・11」以来、観客は入り口で手荷物検査を受け、手持ちの金属探知機でチェックを受けるのが一般的になったが、このときばかりは報道陣も大きな影響を受けた。前日のホームランダービーでは手荷物検査だけで済んでいたのが、当日はプレスの入り口に空港にあるのと同様の大きな金属探知機が設置された。厳しいチェックに長蛇の列ができた。
 オールスター戦の練習スケジュールは事前に発表されるが、オバマ大統領の到着時間は極秘、明らかにされない。試合前、ネット裏の通路を歩いていたときだ。突然、警官がドカドカとやってきた。「この場にいる者はすぐ近くの部屋に入れ!ここにいてはダメだ!」との命令だ。オバマ大統領が到着したのである。

▽もしトランプが始球式をしたら・・・

その場にいた報道陣は通路に面した部屋に押し込まれた。オールスター戦は世界各地から記者が取材に集まる。普段の記者席では座席数が足らず、スタンドに臨時の記者席が作られる。自分の席に戻って記事を送る必要がある記者もいる。部屋に入れられ、しかも、いつ解放されるか分からないのでは、仕事にならない。報道陣の代表が扉から顔を出し、警備責任者と交渉した。
 「わかった。2分だけやる。その間にここを出て席に戻れ!」。報道陣は一斉に通路に飛び出し、階段を上ったり、エレベーターに飛び乗って席に戻り、何とか事なきを得た。
 ちなみに球宴に出場のイチローは「セキュリティーが厳しくて迷惑なんですよ」と言っていたが、試合前、激励にロッカーを訪れたオバマ大統領からサインボールをもらっている。
 そのときオバマ大統領は就任1年目で人気絶頂。それに対し、共和党のトランプ大統領は「エスタブリッシュ批判」し、大統領選挙のワシントン州では民主党のヒラリー・クリントン候補に惨敗した。球場に来たらブーイングや抗議にさらされ、不測の事態を招いたかも知れない。始球式が実現したらどんな厳戒態勢が敷かれたのか、想像もできない。(了)