「たそがれ野球ノート」(33)-(小林 秀一=共同通信)
◎オープン戦の思い出
ミラノ五輪が閉幕し、いよいよ球春だーと身構えていると、メディアの注目は三年ぶりのWBCに集まっていて、セパ両リーグの様子はなかなか伝わってこない。総選挙を経た高市政権と同じように、これもまた世論の反映なのか、とあきらめながら、ほそぼそと12球団の仕上がり具合や、気になる選手の動向を探る日々が続いている。
オープン戦は沖縄での日程を終えて南下が進んでいる。今年はどんなペナントレースになるのか占いながら楽しむことになる。
たそがれ記者が初めてオープン戦を取材した日は今も生々しく思い出すことができる。1974年、半世紀を超える大昔のお話だ。
先輩記者とJR錦糸町駅で待ち合わせ。そこでたまたま大阪から出張に来ていたスポーツ紙記者二人と出会い、先輩から紹介を受けた。すぐに列車に乗るのかと思いきや、そろって駅前の喫茶店へ。ビールを飲みながら情報交換などの野球談議。これも新人教育の一環だったのだろうか。
このシーンの印象が強すぎてか、房総のどこの街へ行ったのか、試合内容はもちろん対戦カードすら思い出せない。しかし、この時紹介を受けたお二人の記者とは、やがて私が大阪に赴任し、在阪球団担当になったとき、いろいろ面倒を見ていただき、どんなに助けられたことか。
この年、記憶に残っている日がもう一つあり、横浜公園平和野球場(現横浜スタジアム)でのオープン戦(これもカードは覚えていません)。写真部員と本社から社有車で向かったが、激しい渋滞に見舞われて記者席に着いたのはプレーボール5分前。なんとか速報配信の事故は回避できたが、冷や汗をかきながら業務の怖さ、厳しさを教わった。(了)
