「記録の交差点」(33)-(山田 收=報知)
第33回 秋山翔吾⑦
1979年、プロ5年目のスイッチヒッター・高橋慶彦(広島)が、このシーズンを最後に現役引退した長池徳士(この年徳二から変更)の持つ32試合連続安打記録に並んだ。その2日後の7月31日、巨人戦(広島)が金字塔達成の舞台だった。
結果からいえば、あっさりと新記録を打ち立てたといえる。1回裏、先頭打者で登場した高橋は、巨人の先発左腕・新浦寿夫(のち壽丈、壽夫)のワンボールからの2球目を左前にライナーで弾いた。実は新浦は苦手だったという。「あの大きなカーブをつい振ってしまう」ところが、この時は、甘いゾーンに入ってきたシュートを叩いたのだ。
記念のボールを一塁ベース上で、王貞治から手渡された。「無我夢中だった。33試合全部いい投手に当たり、苦しい連続だった」と、当時のインタビューに答えている。スイッチヒッターとは言っても、33試合で積み重ねた57安打中、左腕投手相手(右打席)には、5安打目である。阪神・山本和行(2試合目)、新浦(22試合目)、阪神・益山性旭(26試合目)、中日・水谷啓昭(29試合目)と、打ったサウスポーは4人だけだ。複数安打は苦手という新浦しかいない。
さて、翌日はいかにして記録がストップしたか、と思ったら、実は記録達成の翌2回表の守備で負傷してしまう。走者一塁で打者・柴田勲は投ゴロ。投―遊―一の併殺狙いだったが、投手・山根和夫の二塁送球が低くなり、ベースカバーに入った遊撃・高橋と一塁走者・山本功児が交錯。左足首を痛め、そのまま交代した。もし1打席目に安打が出ていなかったら、連続試合安打記録はトップタイで終わるところだった。
高橋が5試合欠場した後、復帰したのは8月8日の阪神戦(広島)だった。先発のマウンドには江本孟紀。これが全く打てなかった。高橋は、空振り三振、見逃し三振、中飛、遊ゴロで快音なし。チームも完封負けを喫してしまう。
記録は止まった。球宴、負傷欠場期間を挟んでの64日間の孤独な闘いだった。「普通、好調が2か月近くも続くことはないんじゃないか。それが若さ、勢いということでしょうね。余計なことを考える余裕もなく、1試合1試合が一杯一杯。それが良かったんでしょう。実績のある選手だったら、いろいろ考えて、押し潰されていたかもしれない」と当時を振り返っている。
この年、打率.304、リーグ2位の149安打、55盗塁で初の盗塁王と、トップバッターとして広島を牽引し、初の日本一に導いた。その活躍を象徴するようなストリーク記録だが、あれから46シーズン、更新されていない。
「記録に近づく選手が出てくるとどんな思いか」との問いに「やっぱり記録は持っていたい。だから『打つな!』と野次りたくなる」と極めて率直な思いを口にする。
今シリーズのナビゲーター・秋山翔吾が、2015年、31試合連続安打をマーク。32に挑戦した7月14日の楽天戦(西武プリンス)のことだ。第29回の原稿で触れたが、延長10回、ここまで無安打で迎えた第5打席。「チームが連敗していたし、自分のバッティングができず、我慢して」四球を選び、サヨナラ試合に結びつけた試合だ。高橋はこの試合を見ていたといい、秋山のチーム勝利を優先する姿に「凄いな」と思ったという。
記録は破られる為にあるというが、記録保持者にとっては、やはり破られたくないものであるのだろう。=記録は2025年シーズン終了時点=(続)
