「野球とともにスポーツの内と外」(67)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)
◎筒(つつ)の恩返し
NPBが誇るスラッガーの一人に名を連ねる筒香嘉智外野手(33)が、米国挑戦に見切りをつけて帰国したのは今年(2024年)春先のことでした。2020年のシーズンから始まった米国での5年間。レイズを皮切りにドジャース、パイレーツなどを渡り歩きましたが芽が出ず、しかしあきらめず、やがて3A、さらには独立リーグにも身を投じる辛苦を重ねます。
日本でファンを魅了したその強打は、MLBでも期待されましたが、やはり水に合う合わないというのはあるのでしょう。米国流への対応に苦戦、不振から脱却するきっかけをなかなか見つけられなかった…と言われています。
▽DeNAの恩情
心の傷を抱えての帰国だったろう筒香に対し、巨人など複数球団が関心を示した中、筒香は横浜DeNAベイスターズに身柄を預けます。再起を期待する古巣の恩情と包容力。“ハマの番長”の異名を持つ三浦大輔監督(50)の男気。ありがたかったことでしょう。ここに筒合の熱い“恩返し”が加われば、日本人好みの浪花節的ストーリーが完結します。私はこんな視点を併せ持って今季(2024年)の「DeNA・筒香」を観てきました。
ところで…「恩返し」という、今の日本では次第に希薄になりつつある言葉に対して私は、戯曲作家・木下順二氏による名作「夕鶴」を頭に思い浮かべてしまいます。この「夕鶴」を基にした、皆さんご存知の「鶴の恩返し」や「鶴女房」など複数の作品が日本の民話として広く伝わっていますね。
「夕鶴」は、矢を撃たれて傷ついた鶴を村の若者が助け、その鶴は恩返しのために人間の女性に姿を変え、自らの羽を抜いて機(はた)を織り、その布で貧しい若者に富を与えるというストーリーです。作家の木下氏は、鶴のこうした恩に対する「命がけの純粋な献身」を描く一方、高値で売れるその布を横取りしようとする人間も出てきて「醜い欲望」を対比させており、いろいろと考えさせられる物語です。
▽鶴と筒の恩返し
さて元に戻り、セ・リーグのレギュラーシーズン3位のDeNAが快挙に向かって突き進みます。CSファーストで阪神を下し、CSファイナルではセ・リーグ優勝の巨人を下してソフトバンクとの日本シリーズに駒を進めました。2連敗から3連勝して“あと1”で戻って来た本拠地・横浜スタジアムでの第6戦。DeNAが11-2の大勝で勝ち取った“下剋上゛での日本一奪取の立役者は、恩返しの鶴…いや筒香でした。
2回、先頭で放った先制のソロアーチ。チームに勢いをつけ、5回には2死満塁から左中間に走者一掃の3点二塁打を放ち勝負を決めました。大一番でやっと果たせた「筒の恩返し」…本来の打撃感覚を取り戻した筒香は11月20日、復帰2年目となる2025年シーズン向けて契約を更改。人にはそれぞれ自分のフィールドがあり、この男のそれは、やはり日本ということなのでしょう。(了)