「野球とともにスポーツの内と外」(71)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎大谷流秘剣「燕返し」考
江戸時代初期の1612年(慶長17)4月、関門海峡に浮かぶ北九州・小倉の「舟島(巌流島)」の決闘で宮本武蔵に敗れた佐々木小次郎の武器は「長尺(ちょうじゃく=長さが普通より長い)刀」でした。背中に背負った愛刀の「備前長船長光」は、刀身が3尺(約90センチ)で柄の部分を合わせると全長4~5尺(約1メートル20~1メートル50)の“物干し竿”だったと言われています。
まあ、闘いにおいて長い武器はそれなりに有利ではあっても、それを使いこなせなければ、それこそ無用の長物でしょう。資料によると小次郎は、小太刀を得意とする中条流を学んだとあり、長刀を武器とする以上、その物干し竿を小太刀のように扱う鍛錬に励んだのでしょうね。
その必殺技が「燕返し」です。対峙した後、まず頭上から刀を振り下ろし、自分の頭部に出来たスキを相手に知らせ誘いこみます。相手の刀が頭上に来たところを素早く下から刀を振り上げて相手の体を切り裂くという奥義です。この技を成功させるポイントは、重くて長い物干し竿を小太刀のように扱えるかどうか、腕力はもちろんのこと、長刀を思いのままにコントロールするための体幹の強さも求められます。
▽これぞ大谷流「燕返し」
さて…「今」に話を転じ、2025年シーズンを迎えたMLBドジャースの太谷翔平投手(30)が新たに使うバットに焦点を当てて見ました。今季のバットは、昨季より1インチ(約2・54センチ)長い35インチ(約88・9センチ)の長さ、重さは0・5オンス(約14・2グラム)増やした32オンス(約907グラム)です。佐々木小次郎が長尺刀を思い通りに振り回すために日々どんな鍛錬を積んだかは分かりませんが、大谷がこの長尺バットに挑む背景には当然、負傷した肘や肩への負担克服があり、その意味ではこの選択がマイナスにならなければ…とも思います。
しかし凄かったですね。日本で開催されたMLB開幕シリーズ2試合の第2戦(3月19日=東京ドーム)で大谷は期待に応える今季1号を放ちました。が、それ以上に凄い! と唸らされたのは、3月15日(東京ドーム)に行われた巨人とのプレシーズンマッチで放った吉兆の1打だったでしょうか。本人が「超先(バットの先っぽ)だったけど…」と言う一撃は、いい角度で上がりスタンドへ。下から上への鋭いバット・コントロールは、さしずめ「これぞ燕返し!」を再現させる凄さを思わせました。
▽元祖・藤村氏~他人が出来ないことを
物干し竿の元祖は、いうまでもなく故・藤村富美男氏(1992年5月28日死去=享年75)ですね。川上哲治氏の赤バット、大下弘氏の青バットに対抗、ゴルフのドライバーをヒントにしてつくりあげた長尺バットは、長さが37~38インチ(約96センチ)もあり、重さも980グラムと言われています。藤村氏はこのバットで日本プロ野球界を代表する伝説的な強打者として首位打者、本塁打王、打点王など数々の勲章を獲得、一時代を築いています。こんなものがよく振り回せたものだ、という周りの驚きとともに…。
剣豪の佐々木小次郎にしろ、レジェンドの藤村氏にしろ、人がそんなことはとても無理…という常識を覆す活躍~それはたゆまぬ努力と鍛錬あってのものでしょうが~を演じています。大谷が今季を含むこれから、人をどれだけ驚かせてくれるのか、目を離せませんね。(了)