「野球とともにスポーツの内と外」(72)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)

◎我慢から始まる前進
 新しい生活がスタートした4月。しかし、胸に抱いた希望は例年、5月のGWが終わったあたりから“五月病”なる厄介なシロモノにむしばまれて暗雲に包まれていきます。新社会人にとっては辛抱のしどころ…なのですが、昨今は入社直後に早くも嫌気がさしてしまう若い人が多いのだそうです。上司の態度がイヤ、会社の体質が合わない、入社前の話と実際が違う…などなど。社会人としての経験もない若い人たちの堪え性のなさに対しては、どうにも情けなさが先立ってしまいます。
 さらに…テレビの情報番組が報じていましたが、こういう若者たちが会社に提出する(あるいはその意向を告げる)退職などの手続きを代行する会社がやたら繁盛しているのだそうです。嫌気の理由も他人のせい、退社の手続きも他人任せ、という幼児性。そこには、自分が何をしたいのか、という社会人として目指したい目標やテーマが少しも見えません。彼らに欠如している「我慢」とか「忍耐」とかいうものは、そうしたテーマが自分にあればこそのものだろうし、自分の気持ち次第で立ち向かえるものなのに…ですね。
▽堪え性のない今どきの若者群
 「タイパ」や「コスパ」などの言葉が声高に聞かれ、我慢や忍耐を通り越した対時間、対価格の有効活用こそを第一とするのが、若い世代の今ふうの感性なのだ、というなら、さんざん経験を積んだ男の駄々(甘えてわがままを言うこと)でない“大人の我慢”をひとつ追いかけてみましょう。昨年(2024年)オフ、巨人に移籍、今季(2025年)初登板となった4月3日の対中日戦で2023年8月26日の対ソフトバンク戦以来、実に「586日ぶり」に勝利(日米通算198勝)した田中将大投手(36)です。
 楽天のエースとして活躍した田中は2014年、MLBヤンキースに移籍、主戦場を米国に移します。ヤンキース時代は2020年、新型コロナウイルスの感染拡大でレギュラーシーズンの試合数が大幅に減らされるなどの不運もあり、なかなか納得のいくプレーが出来なかったようです。2020年のシーズン後に帰国、古巣の楽天に復帰したものの、居心地の悪さは予測でき、2024年11月、自身のYouTubeで「楽天に居場所はない」として退団を表明。同年12月に自由契約選手となり、巨人が手を差し伸べることになりました。
▽大人が魅せる捨て身の我慢
 居場所を変えた田中は、居場所を得るために何をしたか。開幕前のキャンプ風景で映し出される田中は、投球フォームを「縦振り」に改造するなど数々の栄光に満ちた過去18年間を捨て去る覚悟で取り組んでいるようでした。簡単に「586日ぶり」などと言いますが、勝って当たり前の位置にいた田中クラスの投手にとってその日々はまさに地獄だったことでしょう。何しろ巨人に移籍する前の楽天最後の2024年シーズンは1戦1敗の屈辱。プロ生活で初の未勝利という屈辱を味わわされているのですから。

 苦境に陥ったとき、投げ出してしまうことは簡単です。何を支えにどう我慢するか。それが前進つながります。5回を投げて5安打1失点…後を救援陣に任せてマウンドを降り、田中はうれしい1勝を勝ち取りました。仲間の堅守にも支えられ、自分一人では勝ち取れなかった久しぶりの勝利投手です。
 とはいえ栄光は手が届くすぐそこにあるわけではありません。2度目の登板となった4月17日の対DeNA戦。田中は7安打6失点と崩れ2回でKOされました。「楽」などどこにもなく「我慢」があり「忍耐」もあり、それを乗り越えた先にやっと見えてくるものでしょう。アスリートたちはいつもそうした苦楽を身を持って私たちに教えてくれています。(了)