「野球とともにスポーツの内と外」(73)-(佐藤 彰雄=スポーツニッポン)
◎道具についてのあれこれ
道具を使うスポーツにあって、その道具に対する選手個々の細かい「こだわり」については、記者の立場でウンウンと話を聞いていても到底、理解出来かねるものが多々あります。例えばプロゴルフの世界でかつて青木功プロらと一時代を築いた中嶋常幸プロの「1グラム事件」-。
所属するメーカーに注文していた新しいドライバーが出来上がり、あるトーナメントの練習ラウンドで中嶋は試打を兼ねて18ホールを回りました。プロの練習というのは凄いですね。ナイスショットを放って手応えを確認するのではなく(それは当たり前のことなのでしょう)あえて右に左に意図的にミスショットを放ち、曲がり具合や曲がる幅などを頭の中に入れながら元に戻していくのですね。
そうしてホールアウトした中嶋は、メーカーに矯正を指示しました。「(ヘッドが)1円玉分重い」と。1円玉と言えば、軽いアルミ材質の硬貨。あの直径2センチ、厚さ1ミリ、重さ1グラム。私たちはそれを掌に乗せて重さを感じることが出来るでしょうか。中嶋はこの超微調整をメカニックに依頼したのです。その出来事は、記者などには到底、理解不能、及びもつかない中嶋独自のフィーリングによるものでした。
▽1グラムが左右する技
こうしたいかにも日本人的な繊細な技術がある一方、その誇りを踏みにじるような道具がこのほどプロ野球界に出現しました。名前からして仰々しい「魚雷(トルピード)バット」です。MLBヤンキースの今季(2025年)開幕シリーズ第2戦(3月29日)でポール・ゴールドシュミットらが、このバットで実に9本塁打を放ち、一躍注目を集めました。この“打ち出の小槌”は、当然のように海を越えてNPB(日本野球機構)にも伝播。ルールに抵触しないことが確認され4月11日から国内でも容認されるに至っています。
魚雷バットは、形でいうならボウリングのピンのような感じといえるでしょうか。バットの芯に当たる部分が太く、先端が細くなっており、まあ、つまるところ、打者にとって打ち易そうな、当たれば飛びそうな、形状ですね。開発者は、元物理学の大学教授でヤンキースのアナリストを務めたことがあるアーロン・リーンハート氏によるものだそうです。
▽道具の進化が技術を消す怖さ
そういうバットで打ち、ただ飛んで入ればいいのかどうか? このいかにもアメリカ的な発想に日本人であればひと言、異論をはさみたくなります。またプロゴルフ界の話になりますが、昨今の若手選手が最先端を行く性能のいい飛ぶクラブで楽に300ヤード超えを放っているのを見て、まだパーシモン・ヘッドの時代だった中嶋世代のかつての飛ばし屋が「パーシモンのクラブでそれだけ打てるか」とボヤいたことがありました。上げて下ろせば飛んでくれるのが今どきのクラブ。思うように飛ばなかった時代、技術の研磨と心身を削る努力をしていたのが当時のプロでした。
道具の進化は、それを使う側をこれまでの「苦」から解放し「楽」を与えます。それは一方、積み重ねてきた技術を消し去る怖さがありますね。NPBの野球はいつまでも、きめの細かい高度な技術の上に成り立った「野球」であってほしいと思います。(了)