「いつか来た記者道」(86)-(露久保 孝一=産経)

◎大谷翔平より飛ばす怪童がいた
 大リーグ・ドジャースの大谷翔平のホームランは、白球が高く舞い上がって流星のように飛んでいく。テレビで見ていて、美しいホームランだと感じるファンは多い。NHKは、大谷が本塁打を打つと「飛距離〇〇〇メートル」と表す。外野スタンドの中段から上の方への打球が多いので、かなり飛距離が出ていることがわかる。
 メジャーリーグの記録によると、計測を始めた2015年以降、最長の本塁打はノマー・マザラ(レンジャース)が2019年に放った505フィート(約153.9メートル)である。大谷は23年に150.3メートルの本塁打をマークし同年のMLB飛距離1位になっている。24年には同4位となる145.1メートル弾を記録した。150.3メートルホームランはエンゼルス時代にエンゼルス・スタジアムでダイヤモンドバックスの左腕ヘンダーソンから奪った。
 ところが、「大谷よりもすごい打球を飛ばした男がいたのを忘れてもらっては困る」という声が博多生まれの老人からあがった。私が勤めた産経新聞の先輩記者Kの友人である。中学生だったKはこの友人と昭和28(1953)年8月29日、福岡市の平和台球場で西鉄―大映戦を外野席から観戦した。六回裏、西鉄の中西太が林義一投手から豪快な一打を放つ。Kは「あっ、ショートライナーだ」と思ったが、打球は舞い上がるように外野へ飛んでいき、センターバックスクリーンを超え場外へ飛び出した。25号本塁打だ。この打球の飛距離は「162メートル」だった。数字だけなら、大谷の150.3より11.7メートル長い。
 中西の打球は、場外へ飛び出したあと、スタンドから50メートル先の木の根元で発見された。その地点だとホームベースから192メートルになるが、ボールはその前に落下してバウンドしているので、30メートル転がったと見積り、本塁打飛距離は162メートルであると平和台球場側から発表された。
 このホームランがいかにすごかったかは、次のような証言が物語る。Kと友人を含めた観客から、「遊撃手がジャンプして捕ろうとしたライナーがそのままが場外へ飛んだ」という驚嘆が飛び交い、林投手は「一瞬、センターへのライナーかなと思った」と話した。当の中西は「二塁打か三塁打になるかなと思って全力で走った。だから打球の方向は見ていない」。
 観客が、打球をはっきり見る間もなく飛んで消えるとは、まるで火の玉のような「飛行」ではないか。K記者は、私たちに「あんな見事なホームランを見たのは、長い野球観戦で太さんのあの一発だけだ。直接見られて本当に幸運だったよ」と、目を見開いて話したものである。残念ながら、K記者は大谷がプロ野球選手になる前に他界した。伝説のホームラン打者で「怪童」といわれた中西は、2023年に亡くなった。
 中西やK記者がいま大谷のホームランを見たら、なんと言うだろうか。その発言を想像して、私は面白がっている。(続)