「記録とメジャーを渡り歩いた記者人生」(9)-(蛭間 豊章=報知)

◎イチロー、新庄、野茂快挙で8日間で5度号外
 イチローのメジャーデビューでスタートした2001年。開幕からスポーツ報知は連日のように号外で明け暮れることになった。日本時間4月3日、初の日本人野手大リーガーとして「イチロー2安打デビュー」で号外を発行した。これは事前に決まっていたので驚かなかったが翌4日、メッツ入りした新庄剛志が途中出場で守っては美技、打っては初安打で2得点を挙げて勝利に貢献すると会社から号外発行指令が出て「新庄途中出場も初安打」。
同じ日にはセンバツで「常総学院初優勝」でダブル号外となった。
 5日、レッドソックスに移籍したばかりの野茂英雄がオリオールズ戦で自身2度目のノーヒットノーラン達成は当然のように納得の号外「野茂2度目のノーヒッター」。イチロー、新庄のケースは裏面も本人の成績と写真だったが、野茂のときはイチロー初敬遠という記事を入れ込んだ。ここまでで3日間連続号外。メジャー内勤デスクとして私も号外発行に合わせて連日対応に追われた思い出がある。
 しかし、これだけでは終わらなかった。7日になり、イチローが敵地レンジャーズ戦の延長十二回にメジャー初アーチを右翼席にたたき込む決勝2ランで「イチロー決勝1号2ラン」。2日空いた10日、今度は新庄がイチローに負けじと地元開幕となったブレーブス戦の六回に初アーチをたたきこんだのだからたまらない。メジャーだけで8日間で5度の号外発行。当時の記事を引用すると、…スポーツ報知では10日、新庄のメジャー初本塁打を伝える号外を発行。都内で2万5000部、大阪で2万部を配布した。本紙では3日にイチローデビュー(5万2000部)、4日は新庄大活躍(4万5000部)と常総学院センバツ初V(2万2000部)、5日は野茂のノーヒットノーラン(5万部)、7日はイチロー初アーチ(4万5000部)に続くことになった…。
 号外に関わるのはその後も続き2003年、巨人からヤンキース入りした松井秀喜の初アーチを連日待機。開幕7試合目のツインズ戦に満塁本塁打で決めた時は、「これでやっと休める」とほっとしたのが本音だった。また、この年は松井の東海岸デーゲーム(日本時間午前2時過ぎ)のケースのみ、第1打席だけ本塁打を打った時だけ、原稿を作成するというシステムで疲弊していたのも思い出す。ただ、現在のインターネット時代のようにどんな時間でも原稿を出さなくてはいけないという時代が来るとは夢にも思わなかった。(敬称略。次回は2026年2月1日掲載予定)