「いつか来た記者道」(91)-(露久保 孝一=産経)
◎絶滅危惧種ワインドアップよ、蘇れ!
令和8年(2026年)に、昭和元年(1926年)から数え始めて満100年を迎える。昭和の時代は、未曽有の激動と変革、苦難と復興の時代だった。スポーツ界においては躍動的で野性味あふれる競技が主流であった。プロ野球では、剛速球投手や豪快なホームラン打者の対決が興奮を掻き立てた。投手は、ラジオアナウンサーが伝える「振りかぶって第1球を投げました!」というワインドアップからの投球で、ファンの視線を釘づけたにした。
稲尾和久、金田正一、藤田元司、江夏豊、江川卓、松坂大輔・・・華麗な投球フォームはワインドアップの歴史であった。杉浦忠、山田久志らは振りかぶってアンダースローで打者をほんろうした。このような絵になるワインドアップが、最近ほとんど消えてしまった。プロの投手ばかりか、大学、高校野球でも同じ傾向にある。ノーワインドアップか、あるいは走者の有無にかかわらず常にセットポジションを用いる投手もいる。ワインドアップ投法は野球界の「絶命危惧種」にあるといわれているのだ。
名解説者として評判だった元西鉄の豊田泰光は「往年の大投手たちは大きく振りかぶって勢いをつけて投げていた。それが打者との対決をもりあげた」と書いた。豊田は昭和28(1953)年水戸商から入団し大活躍して新人王を獲得した。試合で、多くの大投手と対決しワインドアップの魅力を感じていたのである。豊田は衰退の原因を、時代の機械化とデータ化により、組織は迅速性や合理性を求めるようになり、無理な活動や大胆で危険性のある行動を慎み、効率のよい方法を選んで組織運営するようになったと分析した。つまり、「余分」や「むだ」があり投球の精度も下がると見られるワインドアップフォームは見直されるようになったのである。
▽金田、江夏を追って、金丸の剛腕投球に注目
稲尾、江夏ら名投手にそんな「欠点」は見られないが、ワインドアップに対する「誤解」が広まり、より効率的で身体への負担が少ないノーワインドアップへと変化し進化していった。監督、コーチも、動作の小さい安定したパフォーマンス投法を優先させて指導するようになった。
「振りかぶる」という動作の本質は、舞踊の「序破急」に通じるといわれる。ゆっくりとした初動の「序」から、投げる動作に入って拍子の「破」が加わり、加速する「急」までの投球の流れは緩急の美学にあるのである。ノーワインドアップ投法は、序破を飛ばして、急のみを見せるようなものだ。2025年は、中日の左腕、金丸夢斗がワインドアップから投げ注目された。関西大時代に、かつて日本一の速球王といわれた山口高志の助言を受け実践している。
26年は昭和100年の回顧に思いをはせる年でもある。「ピーチャー振りかぶって投げました」という華麗な個性的投球が、絶滅危惧種が蘇るように、昭和100年を機に復活してもらいたいものである。(続)
