第4回 球史最大の遺恨試合(3)(菅谷 齊=共同通信)

“天皇”金田正一、片や“神様仏様稲尾様”といわれた稲尾和久。この超大物がロッテ・オリオンズ監督、太平洋ライオンズ監督としてぶつかった。2シーズンに渡る遺恨の試合は、収まる気配は全くなかった。むしろエスカレートするばかりだった。

▽乱闘ポスターで煽る観客動員策

1974年4月27日、ロッテの本拠である川崎球場の激突は、それから4週間後に舞台を移した。太平洋のフランチャイズ平和台球場での両軍対戦は、試合前から異様な雰囲気だった。

理由があった。

5月21日から平和台球場で太平洋vsロッテ戦が組まれていたのだが、太平洋フロントが作成したポスターが過激だった。事件の起きた川崎球場で、ドン・ビュフォードが金田監督に飛びかかって倒したシーンを載せたのである。

観客動員を狙ったわけである。

「ファンをいたずらに刺激する。撤去してくれ」

こんな抗議が福岡市から出て、試合前にポスターは回収されたものの、川崎球場での騒ぎを思い起こさせる効果はあった。

すでに、太平洋とロッテの対戦ではなく、太平洋ファンとロッテの戦いになっていた。ロッテのフロントはトラブルを警戒し、福岡入り前から心配したままだった。

「何か起こらなければ…」

「すんなり終わらないかも知れないな」

球団代表は浮かない顔で適地に入った。

▽一升瓶、小水に花火が上がった異常な夜

第1戦、殺気立ったなかでプレーボールとなった。

スタンドを埋めた太平洋ファンの野次はすさまじかった。禁止用語が乱れ飛んだ。

「金田のアホ」

「おとなしく帰れると思うな」

左翼外野の芝生をめがけてとんでもない物が投げ込まれた。焼酎の一升瓶である。まだ中身が入っていて、落ちて横たわったなかの酒が揺れていた。野手が青ざめた。

それどころではなかった。

三塁側ロッテのベンチ上から酔客が小水をするのだ。金田監督がバットを持って対応するという異様な状況もあった。

試合は太平洋が勝った。

すると、右翼場外から花火が打ち上げられた。勝利の歓喜だった。

「どうだ、金田」

「金田、顔を見せろ」

一塁側はどうかというと、ベンチ上でファンが土下座して声を張り上げた。

「すごか、神様仏様稲尾様」

このおどけで後方のファンがドッと沸いた。憎き金田ロッテに勝ったことで、留飲を下げたのだが、この夜はこの程度で終わった。

しかし、遺恨は残っていた。(続)