「大リーグヨコから目線」(26)- (荻野通久=日刊ゲンダイ)
◎捕手のコミュニケーション能力
▽ボールを後ろにそらすな!
2020年2月11日、野村克也が虚血性心不全で亡くなった。打者として戦後初の三冠王となり、監督としてデータを駆使した「ID野球」でプロ野球に新しい風を吹き込んだのはよく知られている。「野球は頭でやるものだ」が口癖で、特に監督の分身と言われる捕手にはそれを要求した。データ野球は大リーグが本場だが、捕手に対する考え方は少し違うようだ。
G・G佐藤といえば、西武(2004年から11年)やロッテ(2013年から14年)で活躍。2008年の北京五輪の野球日本代表にも選出されたパワーヒッター。大学(法大)を卒業後、フィラデルフィア・フィリーズのマイナーでプレーした経験がある。大学時代、佐藤は遊撃手だったが、春のキャンプで内野手としては動きが鈍く、いきなり捕手転向を言い渡された。185センチ、98キロの恵まれた体格と肩の強さを見込まれたからだったという。
2002年に帰国したが、その佐藤にかつて取材したことがある。その時、「捕手に転向したとき、何を一番、コーチに言われたか?」と聞くと、こう答えた。
「ボールを後ろにそらすな!」
その次に言われたのが、
「盗塁で走者を刺せ!」
配球とかリードは二の次というか、コーチから指導された記憶がほとんどないと話していた。しっかり捕って、しっかり投げることを徹底させる方針のようだ。
マイナーリーグだからなのか。あるいは捕手になりたてで、そこまで要求するのは酷と思われたのかも知れないが、日米の考え方の差もあろう。
大リーグでは投手が投げたい球種を投げるとよくいわれる。エース級になればなおさらだ。
かつて城島健司がシアトル・マリナーズでマスク(2006年から09年)をかぶっていたとき、若きエースのフェリックス・フェルナンデスと配球をめぐってしばしば衝突していたのはよく知られている。城島のリードが気に入らないフェルナンデスが「俺は投げたいボールを投げる!」というわけだ。
▽日本語で「頑張って」
もっとも最近は、メジャー球団の中にはIT専門家や数学者などをフロントに採用。ビッグデータをより活用する野球が主流になってきている。それにともない捕手の配球もデータに基づき、さらに緻密になってきているようだ。
ただ、その一方、捕手に新たな役割も必要とされている。前田健太は2020年のキャンプ前にロサンゼルス・ドジャーズからミネソタ・ツインズにトレードされた。
その前田はメジャー1年目の16年、大リーグで自己最多の⒗勝(13敗)を挙げた。その当時のドジャーズの捕手は「頑張って」とか「落ち着いて」とかの日本語を書いたものを腕に巻き、ピンチでマウンドに行くと、状況に応じてそれらを前田に語りかけたと聞いた。
海を渡ったばかりの日本人大リーガーがその言葉を日本語で聞いて、マウンドでリラックスできたり、あるいは冷静さを取り戻すのに役立ったという。
20年も巨人から山口俊がトロント・ブルージェイズに入団した。
今や大リーグには世界各国21か国から選手がやってきている。ユニホームを着ている約3割がアメリカ国籍以外だ。捕手にとって、そうしたコミュニケーション能力はますます重視されるようになろう。
(了)