「評伝」野村克也
「考える月見草」(4)
◎言葉は命、多くの名言残した知識欲
野村と取材を通じて付き合っていて、私(露久保)はいつも「勉強家だな」と感じていた。「野村ノート」「野村の遺言」「オレとON」など実に70冊以上に及ぶ著書を遺したのは、その表れである。
野村が「勉強」に目覚めたのは、作家でジャーナリストの草柳大蔵との出会いだった。自宅を訪問し野球人としての人生論を助言してもらった。
「言葉は大事ですよ。そのためには本を読まなきゃいけない」
そう何度も聞かされた。それ以来、野村は言葉に非常に神経を配った。
サンケイスポーツでの評論家活動、監督生活において「言葉は命」として活動してきた。自分の記事を読む人、テレビ・ラジオを聴く人によく理解してもらい、選手たちに十分に納得してもらうために、的確な表現で訴え、尊敬されるリーダーになるように務めた。
▽ワシの愛読書を知っているか?
ヤクルト監督時代は、
「監督の仕事は言葉。これに尽きる」
と、厳しい顔で言った。さらに楽天監督になって、私に問いかけたことがある。「ワシの愛読書を知っているか?」
私は、困って、
「草柳大蔵さんか、あるいは何かの哲学書とか…」
と答えてところ、
「はずれ!もっと大事なものや」
とニヤッとした。そんな本があるのか、と思ったところ、
「愛読書は国語辞典や」
と、また笑みを浮かべた。
本や新聞を読みながら、興味のある言葉や知らなかった単語を調べる。その言葉の使い方を学ぶ。
草柳大蔵から諭された「言葉は大事」の処世術を、いつまでも守り抜いた。まさに、「人生の師匠」と仰ぐ人だったのである。
▽プレーと同じく言葉も磨く
野村は東京の自宅で、遠征先のホテルで、時間があれば言葉を知る勉強をした。試合前のベンチで、
「きのうの試合は、まるで隔靴掻痒(かっかそうよう)の感だ」
と、覚えたての言葉を披露して、ひとり悦に入っていたものである。学んで得た中から数多くの名言を作った。
「生涯一書生」からとった「生涯一捕手」
江戸時代の藩主が根源の「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」
を座右の銘とし、自分の名言と評価されるようにった。
言葉を大事にするのは、社会人としての職業野球の中で生きていくために、言葉による理解力を高めて己を磨きあげ実践していくものである、という信念があるからである。
その思いが昂じて「言葉一つで、人は変わる」という本まで出版した。(続)