「大リーグ見聞録」(56)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)

◎日米のコミッショナーを考える
▽オールスターを引き分けで批判
 少し前になるが7月21日、プロ野球12球団と日本プロ野球機構はオーナー会議を開き、次期コミッショナーに榊原定征氏(79=元経団連会長)を内定した。
 コミッショナーといっても日米ともファンにはあまり身近な存在ではない。具体的に何をしているのか、よく分からないからだろう。大リーグを取材していて、一度だけコミッショナーの存在を強烈に感じたことがある。2002年のMLBのオールスターのときだ。
 その年はブルワーズの本拠地ミラーパークで開催された。試合は激しい打ち合いで7-7のまま延長12回を迎えた。ところがここで突然、バド・セリグ・コミッショナーが「11回引き分け」を宣言。試合を中止してしまったのだ。「ア、ナ両軍とも各30選手を起用してしまい、選手の健康を考えた」という引き分けの理由だった。試合の決着がつくまで続けたら、11回に出場している選手は交代ができず、故障の心配があるからだ。
 だが、野球は勝ち負けが決まるまでやると思っているファンには受け入れられなかった。球宴が引き分けになったのは1961年以来2度目。しかもその時は雨天による引き分けだった。スタンドのファンからはブーイングが起き、同コミッショナーに対する罵声も聞かれた。翌日、コミッショナーは改めてファンに謝罪したが、選手や選手を預かる監督にとっては最善の策だったろう。
ミラーパークは屋根付き球場だが、試合終了時は雨が降っていた。同球場はミルウォーキー市内からは離れていて、ファン用に市の中心地から無料の送迎バスが出ていた。怒りと失望のファンが雨の中、バスを待って列を作っていた。そんなファンの批判を承知で引き分けを宣言できたのはコミッショナーだけだろう。
▽8億円と2400万円の報酬
セリグ氏はもともと実業家でブルワーズのオーナー。コミッショナーに就任すると、MLBを東、中、西の3地区にリーグ再編成、インターリーグ(交流戦)実施、WBCの開催など、数々の改革を実現。MLBの価値を高めたと評価されている。当時、同コミッショナーの年俸は約8億円と言われていた。一流のメジャーリーガー並みの報酬だが、金額に見合うだけのMLBに利益をもたらした。現在のロブ・マンフレッド・コミッショナーは弁護士出身。ヨーロッパでの公式戦開催、今シーズンオフの韓国での100年ぶりの大リーグの試合を実現させている。
翻ってプロ野球を見ると、ここ数代のコミッショナーの影は薄い。オーナー会議の発言力が強いプロ野球とMLBを一緒にできない点もある。とはいえ、コロナ禍、野球人気の低落傾向、野球人口も減少などプロ野球を取り巻く環境は厳しい。コミッショナーの果たす役割はプロ野球でも大きいはずである。
今は分からないが、私が取材していた当時、日本のコミッショナーの年俸は2400万円と自由に使える車一台だったと思う。年齢から「一丁上がりの財界人」というのが、次期コミッショナーに対する大方のファンの見方ではないか。そんな声を吹き飛ばす改革を期待したい。(了)