「いつか来た記者道」(89)-(露久保 孝一=産経)

◎AI記事より人間の原稿を読みたい
 新聞界のメーンイベントである新聞週間は、毎年10月15日から1週間開かれる。期間中には新聞大会、配達の日、広告の日などの関連行事が各地で実施される。2025年は、数年前から大きな問題となっている生成AIと新聞の関係が大きなテーマとなった。インターネット上に公開されている新聞記事は多くの閲覧者がいるが、その記事を生成AIがそっくりまねて掲載するケースもあり、著作権侵害を招いている。
 同年8月に、読売新聞が自社記事を無断で利用されたとしてAI生成事業者の米国「パープレキシティ」に計約21億6000万円の損害賠償などを求めて提訴に踏み切った。新聞の記事を生成AIが学習し、利用者に提供する「ただ乗り」に対し、大手報道機関が提訴するのは初めてである。各メディアも「ただ乗り」の調査に乗り出している。日本新聞協会は6月に発表した声明で、「報道機関のコンテンツにフリーライドする新たなサービスや機能が日常的に展開されている」と指摘し、「コンテンツ再生産のサイクルが損なわれ、国民の知る権利を阻害しかねない」と危機感を訴えた。
 米国では、すでにスポーツ報道に本格的な生成AIが参入している。6月末、世界でトップレベルのAP通信が、マイナーリーグのリキャップ(試合の要約)を、自動記事作成システムを利用した記事を配信すると発表した。マイナーリーグの公式ページの速報データから記事を作成するのである。現場で取材した原稿とは質が違うが、実際に配信されてインターネット上で閲覧されている。
▽スポーツ記事はAIに支配されるか
 スポーツ記事がAIから作られる現象は、日本にも早晩登場することは必至だ。試合経過速報では、すでにインターネットで実行されている。試合の記録や途中経過は、選手のコメントを入れなくてもAIで文章作成が可能である。より洗練化されたAI文章ができれば、新聞記事の領域に近づく。また、現場取材をしなくても作成できる記事はある。例えば、日本人選手が大リーグへ移籍する場合に行使する「ポスティングシステム」に関していえば、人工知能のAIはいろんな新聞記事を加工して原稿を作成できるのである。それも著作権侵害の可能性があるが、とにかくAIの攻勢はすさまじい。
 そんな状況のなか、AI記事に疑問を感じているスポーツ経営者はいる。米プロバスケットボール、NBAマーベリックスのマーク・キューバン・オーナーは、米最大のスポーツ専門チャンネルの2記者を取材拒否した。あまり現場にこない2人に対し、オーナーは、現場に来て人間に取材をしてもらって、人間に原稿を書いてもらいたいと要望した。スポーツ報道の機械化に対する抗議の意を込めて、あえて影響力のある機関に出入り禁止を命じたという。
 AI時代到来以前は、日本のジャーナリズムは現場取材が当たり前だった。新聞、通信、テレビ、ラジオは現場で取材して懇切丁寧に報道してきた。試合・競技が終わったあと、監督や選手の生のコメントを加えた原稿は、現場にいない生成AIにはできない。これから、スポーツの世界で取材する「人間」の記者は、機械である生成AIから職業を奪われないように存在価値を高めなければいけない。(続)