「大リーグ見聞録」(93)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)
◎記録破りのスイッチヒッター捕手 C・ラリー
▽って、守って、走る
マリナーズのスイッチヒッター、キャル・ラリーがMLBの捕手の記録を次々と塗り替え、2025年のシーズン、ポストシーズン(PS)を大いに盛り上げた。
8月29日(現地)には捕手として初の50号を放ち、9月21日には史上最高の左右打ちのミッキー・マントル(ヤンキース)の記録を破る55本塁打。9月29日には60号。シーズン60本以上は史上7人目だ。
ラリーはメジャーデビュー2年目の2022年に27本を打った。本塁打率は13・7打数に1本。これはその年45本の大谷(当時エンゼルス)を上回る数字。パワーヒッターの才能が今季、一気に花開いたのである。PSでも5本塁打。シーズンを合わせて65本は2022年のヤンキースのジャッジの64本(シーズン62本、PS2本)の記録を更新。ちなみにベーブ・ルースは1927年にシーズン60、ワールドシリーズ2の62本。PSの試合数などが異なるので、同列には論じられない。だが、過酷な捕手のポジションを考慮すれば、その凄さが分かる。
今季のラリーはキャッチャーとしてPSを含めて759回打席に立っている。これは捕手として過去最多である(2位は1978年のヤンキース、サーマン・マンソンの713)。
昨季は捕手としてゴールドグラブ賞受賞。今年は125で打点王にも輝き、盗塁も14(大谷は20)。打って、守って、走れる、まさに従来の捕手の常識を覆すオールラウンド・プレイヤーである。MVPも夢ではあるまい。
▽巨人の助っ人スイッチヒッター
スイッチヒッターの大リーガーといえば、プロ野球にもいる。1983年(昭和58年)から2年間、巨人に在籍したレジー・スミスだ。メジャーではドジャース、ジャイアンツなどで活躍、17年間で314本塁打(打率・287、打点1092)を放ったスラッガーだ。外野手として肩の衰えが指摘され、ジャイアンツを離れたところを巨人が獲得した。
大リーガーとしては珍しく2月のキャンプ前に来日。巨人の多摩川のグラウンド(当時)で練習したのを取材した。守備練習では外野からの送球は山なりで、大丈夫か、と心配した記憶がある。獲得に当たった岩本堯渉外担当によると、2年契約で年俸は1年目が35万ドル、2年目が40万ドル。当時のレートで約8050万円、約9200万円。岩本氏が藤田元司監督にスミス獲得と年俸を話すと、「高すぎる」と難色を示されたそうだ。当時の巨人の最高給取りはエースの江川卓で4440万円。首脳陣としては、チーム内のバランスを考えたのだろう。
「球団が獲得した選手を使い切るのが現場の仕事だよ」
藤田監督にそう話したと岩本氏から聞いた。
スミスは大リーガーを鼻にかけることもなく、試合でも練習でも手を抜くことがなかった。打撃不振になると打撃コーチにアドバイスを求めた。遠慮して尻込みするコーチ。そんなとき、スミスはメジャー時代から自分のバッティングを見ていた岩本氏に相談した。ただ、グラウンドで指導を受けると打撃コーチの立場がないので、スタンドから見てもらいヒントを得たそうだ。
2年間の成績は打率・271、45本塁打、122打点。1983年のリーグ優勝にも貢献。帰国後はドジャースやWBC米国代表の打撃コーチを務めた。(了)
