「勝手にスポーツコラム」(4)-(船原 勝英=共同通信)

◎青山学院大 箱根駅伝での強さの秘密
第102回の箱根駅伝は、青山学院大が往路、復路、総合(10時間37分34秒)のいずれも大会新記録で快勝した。2度目の3連覇は史上初。2初優勝からの12年間で実に9度の総合優勝を成し遂げた原晋監督は、ゴール後に胴上げされて9度宙に舞った。
原監督は、高校長距離界の名門、広島・世羅高校から中京大に進んだ。卒業後は地元の中国電力で競技を続けたが、故障などもあって27歳で引退して社業に専念。営業マンとして活躍していた36歳の頃、世羅高後輩の青学OBからの仲介で2004年に監督に就任した。当時の青学は、1976年を最後に箱根から遠ざかっていたが、両母校を中心に好選手を獲得。6年目の第85回記念大会に33年ぶりの出場を果たす。総合初優勝は2015年で、就任から12年目だった。
成功の要因は何か?筆者の想像だが、原監督が箱根駅伝の出場経験を持たなかったことも大きかったはず。ブランクが長かったため、箱根を走ったうるさい先輩もいなかったので、伝統校の重々しい雰囲気、指導スタイルとは対照的な青学方式を推し進められた。その第一歩は選手の意識改革。最初に取り組んだのが「規則正しい生活を徹底させること」だった。これをおろそかにすると、長距離走で高いパフォーマンスを発揮することは不可能。3度の食事をしっかり摂る、睡眠や休養も大事と説いた。反発する学生には理論武装し、材料を用意して対等な関係で議論した。伝統校だと学生と監督が対等という雰囲気はない。双方で話し合ったルールなら、学生も反発しようがない。
日々のトレーニングでは小さな進歩でも褒め、萎縮させないコーチングを心掛けた。こうした指導は近年の脳科学でも効果が裏付けられている。人の「やる気」に関わる大脳基底核の線条体は、行動と情感を結び付け、筋緊張の調整に関与する神経細胞の集合体。ここを刺激すれば、パフォーマンス向上に直結する。進歩を認めて褒めると、線条体が活性化することが分かっている。
対照的に、高圧的な指導では線条体の機能は高まらない。鉄拳制裁では一時的にパフォーマンスは上がっても長くは続かない。そもそも、コーチや監督に指示されたことしかできないようでは、とてもトップレベルにはいけない。駅伝は地味で苦しいトレーニングの連続。明るく開放的な原監督の指導スタイルにより、うっ積するストレスが解放され、小さな進歩でも褒めてもらえればパフォーマンスが向上した。結果が出れば自信が沸き、監督への信頼も深まる。
原監督の強化プランはバラエティに富んでいる。走ること以外にも「青トレ」と呼ばれる独特の筋トレ・ストレッチを重視。体幹部を中心に走るために必要な身体各部が強化されているので、青学選手のフォームは体の軸がぶれないスムーズな動き。スピードでは、中大がメンバー上位10人の1万m平均で初めて27分台とナンバーワンだが、青学も28分01秒07で引けを取らない。その倍以上のタフな箱根では、距離が延びるほどぶれない走りの優位性が高まる。
青学の「駅伝力」の実相はつかみきれないが、スピードを維持する持久力強化に力を注いでいることはうかがえる。その厳しいトレーニングで溜まった疲労をいかに抜き、フレッシュな状態で次の練習に臨めるかも強化のポイント。青学ではレギュラー組は週2回、専門の理療師によるマッサージが受けられるそうだ。潤沢な強化費があればこそだが、他にも1.7気圧の酸素カプセルで疲労回復と睡眠の質向上を図る選手もいるが、これらをどう使うかは選手に委ねられている。多様な活動を支える20人近いマネージャー陣の存在も破格だ。
こうして鍛え上げた個々の選手の力やチーム力を、箱根でフルに発揮させているのが原監督の「監督力」。3大駅伝と言われる出雲、全日本、箱根だが、青学は箱根にすべての力を注ぐ。6区間45.1㎞の出雲は最長区間が10.2kmと高校駅伝レベル。8区間106.8kmの全日本でも最長区間が19.7kmで、箱根最短区間より短い。2日間217.1㎞を10人でつなぐ箱根は、最短(20.8㎞)の5、6区が山の登りと下りという厳しいコース。他の駅伝とは全く別物なのだ。
原監督は出雲と全日本は調整段階と割り切る。17年と19年に両大会を制しているが、ここ7年間は優勝ゼロ。しかし、箱根では5回の優勝を果たしている。全日本から2カ月弱で迎える箱根へ最高に仕上げる「ピーキングの妙」が青学の強さの核心部分。本人は「マジックはない」と否定するが、そのあたりの「秘中の秘」が他校の追随を許さない「原マジック」なのだろう。
極めつけは、緻密な情報収集力と分析力による大胆な選手の区間配置。現代の箱根では、山の5、6区でいかにスペシャリストを配置できるかが勝負を決する。原監督はここを箱根の肝とみて、入学間もなくから選手の適性を見極め、登りと下りのスペシャリストを育てている。エース区間の2区ではなく山登りに起用した黒田についても、前傾フォームで脚力もあることから早くから適性を見抜いており、今大会で見事にはまった。
往路では「花の2区」ではなく、3区が青学のストロングポイント。2022年と2024年の太田蒼生に代表されるこの区間の“爆走”で首位に立って逃げ切るのが勝利のパターンだ。復路の強さもけた違い。層の厚さのなせる業だが、往路を制して総合優勝を逃したことがなく、復路での区間賞獲得率はここ12年間で実に45%。山下りの6区で区間4位以下だったのはわずか2度だけ。いったんリードすれば楽に逃げ切ってしまう。
他校の監督が舌を巻く「監督力」について、自身は「統計学、確率の問題。分析していく力が監督には求められる」と自負している。選手の能力の絶対値、最高値は必ず100いくとは限らない。そこで、最高値が何割の確率で出せるのかなどを徹底的に調べ上げる。「中国電力時代、日々電気料金の計算していた。その時代に培った能力がここで生かされている」。そのうえで、「一番の敵は情」なのだという。「12月になったら(食堂などに)できるだけ入らないようにしている」そうだ。情に左右されず選手の起用法を細かく考え、数字をもとに最適解を模索する。今回も大エースの黒田をまさかの5区へ送り込み、力のある2年生の飯田を2区へ投入。あっと驚く配置も、チーム全体の力をフルに発揮できる最適解の布陣だったのだろう。
食事の改善も力になった。監督夫人で寮母でもある美穂さんによると、一昨年9月にリニューアルした寮をフル活用したことで、栄養面、メンタル面の両方で大きなプラスが生れた。「温かいご飯を食べられたり、ちょっと体調が悪い子に対してだったり、一人ひとりに合わせて提供ができている」ことで、心の栄養も蓄えることができるようになったという。食堂兼ミーティングルームは憩いの場にもなっている。美穂さんらスタッフが「緊張した時、ちょっと話したい時の(ストレスなどの)はけ口にはなっていると思う」。
主力6人が卒業し、原監督から「来年の優勝確率は0%」と宣告されたチームが、1年前からは想像もできないほどの進化を遂げた。わずかの期間に見違えるほど成長するのが学生スポーツの特長だが、名伯楽の究極の采配で青山学院大がその醍醐味を味あわせてくれた。(了)

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