「たそがれ野球ノート」(26)-(小林 秀一=共同通信)
◎長嶋監督が警察へ
先月のコラムでも触れたが、現役記者としてわずかながらでも「長嶋茂雄」と重なる空間にいたことは光栄だったと思う。
交流のあった人や取材者たちの長嶋回顧は多くの媒体でほぼ出尽くした感もあるが、スクラップブックに目を走らせながら、長嶋監督が警察署に出向くという異常事態を思い出したので付け加えさせていただく。
1976年(昭和51年)、長嶋監督2年目のシーズンである。
4月16日。広島球場での試合は9回表、本塁での際どい判定がアウトになって広島が勝利。まだコーチ、選手が抗議できた時代、納得のいかない巨人ナインが審判団に詰め寄っていた。そこに、突然スタンドから男が乱入。なんと衆人環視の中で巨人の選手たちが男を引きずり倒して袋叩きにした。
その場はしばらくで収まったが、今度は玄関前でバスに乗ろうとする巨人選手と待ち構えていたファンが衝突した。広島西署は、張本勲選手がバットで群衆の一人を殴ってけがを負わせたとして、傷害容疑で捜査を開始したのだ。
たそがれ記者は当時27歳、カープ担当の広島支局員。半世紀前の切り抜き記事を読みながら、支局総動員で報道態勢をとった当時の興奮がよみがえってきた。
試合翌日の早朝から、巨人宿舎に張り付き取材。張本選手の動きはなかったが、突然ネクタイ姿の長嶋監督が登場。球団役員とともに事情説明のため広島西署に出向いたのだ。
記事によると、宿舎に戻った長嶋監督は冷静に見事なコメントを残している。
「白熱したプレーには興奮します。しかし、楽しく観戦してもらいたい。みなさんの前でいいプレーをする自信はあります」
張本選手は帰京前に出頭して、傷害容疑を否認。その後書類送検されたが、同年8月、証拠不十分で不起訴処分となった。
そのシーズン、巨人は3年ぶり、長嶋監督は初の優勝を達成したのである。(了)
