「大リーグ見聞録」(61)-(荻野 通久=日刊ゲンダイ)
◎キャンプ取材にトラブルは付きもの
▽「コード」に「雨漏り」
2月の野球界は日米ともキャンプの季節である。私も現役時代、日米球団の内外のキャンプを取材した。思い出はいろいろあるが、トラブル続きだったのが1989年、王貞治監督1年目のダイエー(現ソフトバンク)のオーストラリアキャンプだ。
場所はサーフィンの聖地と言われたゴールドコースト。当時、スマホはまだなく、パソコンで原稿を書いてファックスで会社に送信していたと記憶している。
ホテルに着き荷物を解いて、思わず「アレ!」と声を挙げた。あるべきものがない。パソコンのコードである。バッグに入れたつもりが、うっかり忘れたのだ。コードがなければパソコンは使えない。慌てて町に飛び出した。ゴールドコーストはもともと観光地。日本の都市にある大型電気店はない。現地の人に聞いて、やっと小さな電気店を見つけた。
「コード(code)、コード!」と言っても通じない。「エレクトリック コード!」「コンピュター ケーブル」と叫んでやっと通じた。店員に指さされてコードのある所に行った。ところがそもそも種類が少ないうえに、パソコンはすべてアメリカ製。コードも同様で日本製に合うものはなかった。
結局、東京に電話して国際宅急便でコードを送ってもらった。届くまでは手書きで原稿を書いた。
キャンプ半ば過ぎのある日、練習の最中に突然、夕立のような強い雨。練習は近くのボンド大学の体育館に移動して行われた。取材を終えてホテルに戻ると、窓際の机に置いていたノートや資料がびしょ濡れ。窓の隙間から雨が吹き込んだのである。フロントに連絡して部屋を替えてもらったが、濡れた文字の判読に苦労した。
▽「アキレス腱一本勝負」
そのダイエーキャンプで忘れられないのが昨年11月に亡くなった村田兆治氏だ。その年、投手コーチに就任していた。ある時、グラウンドで練習する投手陣を見ながら、村田コーチはこう言った。
「ピッチャーは走り込みが大事だ。アキレス腱一本勝負だ」
記者の頭には?マークがグルグル回った。
「アキレス腱一本って何?プロレスの30分一本勝負と関係あるの?」
「柔道の背負い投げ一本か何かの例えなの?」
分からないまま恐る恐る村田コーチに聞くと、こう答えが返ってきた。
「アキレス腱が切れる寸前まで走り込まないと」
?マークはますます大きくなった。
「アキレス腱が切れる寸前なんて、どうやったらわかるの?」
「ホントに切れたらどうするの?」
村田コーチの真意は、ピッチングには強い足腰が大事。だから徹底的に走り込んで下半身を鍛えろ。そのことをその独特な言い回しで表わしたものだった。村田投手の「マサカリ投法」も強靭な足腰があってこそ。
昨今のプロ野球界は個性派が少なくなった。投球フォームも、コメントもユニークだった村田兆治氏が懐かしく思い出される。(了)