「スポーツアナウンサーの喜怒哀楽」(9)-(佐塚 元章=NHK)

◎「監督は中間管理職」が示した猛抗議

 書店散歩をすると、ついスポーツコーナーに足が向いてしまう。そこで、元ソフトバンク監督・工藤公康著『プロ野球の監督は中間管理職である』(日本能率協会マネジメントセンター)が目に留まった。私は「中間管理職」という言葉にスポーツアナウンサーとして特別な思い出があるからだ。             

 昭和54(1979)年5月12日、関東、関西での5試合が雨天中止となり、天気が回復した平和台でのヤクルト-広島戦のラジオ全国中継の担当が突然舞い込んできた。まだ28歳。徳島から福岡局に転勤してきたばかりで、プロ野球を見ていない、なじんでいないのに、いきなりデビュー戦である。私の隣にいたのは、新たにNHKの解説陣に加わった阪急前監督の上田利治さん、実は上田さんも解説初登板だった。

 さあ、ここで前年の10月22日、阪急-ヤクルト日本シリーズ第7戦、「後楽園事件」を思い出していただきたい。六回、ヤクルト4番大杉勝男のレフトポール際の打球が本塁打と富澤宏哉線審に判定された。「ファールだ」と阪急上田監督の空前絶後の1時間19分の猛抗議が始まった。ついに渓間秀典球団社長、金子鋭コミショナーもグランドに登場し上田監督の説得にあたったが「審判を変えるまでダメだ」。それは鬼気迫るものだった。

 テレビを見ていた私は直感で「上田さんは進退をかけている。つまり監督辞任、NHK入り。来年は私と一緒に放送でコンビを組むかもしれない」とほんとうに思った。それが翌年、現実になろうとは!今でも信じられないのです。

 さらに、そのヤクルトー広島戦で、大杉がまたしてもレフトポール際にきわどい大飛球! 判定はファール。私は半分ジョークで「上田さん、大杉ってほんとにややこしいフライを打ちますね」と向けた。すると上田さん「あの長時間の抗議は野球ファンに迷惑をかけたが、今も悔やんではいない。実は日本中のたくさんの中間管理職の方から、あの行動は立派だったという手紙や電話をもらったのがとても嬉しかった」。顔を紅潮させて熱っぽく語ったのである。球団社長やコミショナー、つまり組織の上司が何と言おうと部下である選手の利益になるよう間に入って身体を張る。あの猛抗議は、まさに上田監督の中間管理職の演技だった。

 工藤監督の新著作のタイトルを見て45年ほど前の上田監督とのオンエアー会話が蘇った。まさに「プロ野球の監督は中間管理職である」。そういう私も後にNHKの中間管理職を体験した。はて、私は・・・?(続)

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